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サウザンド ローズ ~転生侍女は、推しカプの尊さを語りたい~【番外編16「『時のはざま書店』にようこそ」完結☆】  作者: 壱邑なお


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式の前々日

 村人との交流もファンミも済ませ、さて兎穴に帰ろうと、全員馬車に乗り込んだ所で、

「あらっ、祈祷書きとうしょが無いわ……祭壇さいだんにでも、置いて来てしまったのかしら?」

 シャーロットが、困惑こんわくした声を上げた。


「すぐに、見てまいります!」

 侍女のユナが身軽に、馬車のステップを駆け下り、教会の中に。

「おや、どうされました?」

 まだ祭壇の前にいた牧師に、声をかけられ、事情を説明すると

「祈祷書……こちらですね?」

「はいっ、ありがとうございます!」

 すぐに、あるじの忘れ物を手渡してもらい、急いで馬車に戻ろうとした所で

「――そういえば、ユナさん。こちらのステンドグラスの由来ゆらいは、ご存じですか?」

 にっこりと、牧師様に問いかけられた。


「お待たせしました……!」

 牧師様の話をさえぎるような、失礼な事は出来ず、祭壇の真上や左右にあるステンドグラスについて、詳しく説明を受け――やっと解放されたのは、およそ10分後。

 祈祷書を片手に、あわてて猛ダッシュで駆け戻り

「申し訳ございませんっ! 皆様をこんなに、お待たせしてしまって!」

 息を切らせて、何度も頭を下げる侍女に

「元はと言えば、わたくしが、忘れ物をしたせいよ? ユナは何も、悪くないわ」

「牧師様に、ステンドグラスの説明を、されてたんだろ? とてもいい方なんだけど、教会の案内が大好きで――チャンスは、見逃さないからね」

 主とその婚約者が、笑顔で声をかける。


「兎穴使用人は、全員通る道だから、仕方ないよ」

「そうなのか? じゃあ今度、俺も聞いておくか」

「いやジェルさんは、使用人じゃないっしょ!」

 主の従兄弟いとこに、軽口でおどける従僕。


 皆の優しさが身に染みて

「――ありがとうございますっ!」

 声をまらせながら、侍女はまた深く、頭を下げた。



 兎穴に戻り、恒例のガゼボでの昼食を済ませた後で

「ユナを待っている間に、午後は気分転換にジェル兄様と、遠乗りに行く約束をしたの」

 と、シャーロットが告げた。

 確かに、明後日が結婚式とはいえ、忙しく走り回っているのは使用人(ぜい)

 式の前日の明日には、狼城からご家族や、花婿の両親、両家の親戚達がやって来る予定だが、今日の午後は、ぽっかりと予定が空いている。


「わかりました。では乗馬服を……」

 襟元に真っ白なブラウスをのぞかせた、深い藍色の乗馬服を用意して、着替えを手伝った後

「ユナ、お見送りはわたしに任せて。お前は昼食に、行っておいで」

「ありがとう、おばあちゃん。お嬢様、どうかお気をつけて」

 祖母でもある乳母にうながされ、侍女は使用人食堂に向かった。


 モーニングルームを抜け、裏庭に出た所で

「そうだ――久しぶりに、ハルとナツに会って行こう」

 兎小屋に、足を向ける。

 ミックと何度も、『攻略対象者対策会議』や『報告会』に、使っていた兎小屋。

 周りに気兼ねなく、前世の話が出来る、大切な場所だった。

「もし、ミックが帰って来たら――違う! 絶対に帰ってくるから! そしたら『報告会』を毎日……あれっ?」

 こぶしを握って、落ち込みかけた気持ちを、奮い立たせていたユナの足が、兎小屋の前で、ぴたりと止まった。


 いつも必ず、鍵の掛かっている、厚みのある木の扉が、

「開いてる……?」

 約10cm――ちょうど、子ウサギが通れる位の隙間すきまを開けて、空っぽの小屋の中を、のぞかせていた。


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