ガゼボでお茶会
白薔薇のアーチをくぐり抜け、石畳の通路をたどった先には、小ぢんまりとした四阿が、待っていた。
「こちらにどうぞ、シャーロット」
ガゼボの中のテーブルには、二人分の飲み物や食器が、用意されている。
「いえ! わたくしはこれで」
今度こそきっぱり、断ろうとした声を
「良かったら、一緒に……誰かとお茶を飲むなんて、久しぶりだから」
寂しそうな領主の声が、さえぎる。
「『久しぶり』? あっ……!」
まだ24歳のウィルフレッドが、伯爵領を継いだ理由。
1年間、彼の父親が旅先の事故で、重傷を負った事を、シャーロットは思い出した。
「わたくしったら、まだお父様のお見舞いも……その後、いかがですか?」
『礼儀知らず』をしでかした、自分が恥ずかしくて、消え入りそうな声で、尋ねると、
「ありがとう。だいぶ回復したけど――事故の時の記憶だけ、まだ戻らないんだ」
少し沈んだ声で、ウィルフレッドが答える。
「お母様も、ずっとあちらで?」
「うん、父が事故にあった港町で、付き添ってるよ……どうぞ、座って?」
再度勧められて、クッションが置かれた、木の椅子に座る。
この状況では、断れない。
覚悟を決めて、ずっしりと重みのある、ティーポットを手にした。
家族や来客のために、お茶を注ぐのは、女主人の役割。
少し緊張しながらも、二人分のカップを満たし、片方をウィルフレッドに手渡した。
「ありがとう」
目を細めて、嬉しそうに受け取る。
「どうぞ」
進められて、自分のカップを手に取り……口にするのを、ためらっていると
「毒なんて、入ってないよ?」
先に一口、自分のカップから飲んで見せて、にっと弧を描く、領主の唇。
ガラスの向こうに、ちらりと目をやると、庭師や従僕、そして、すぐ傍の木に寄りかかる、ジェラルドの姿が見える。
確かにこんな、人目のある場所で、毒殺なんて……考える方がおかしい。
「いただきます!」
しゃんっと背筋を伸ばして、カップを口に運んだ。
「お口に合いますか?」
「はい――香りも良くて、とても美味しいです」
こくりと頷くと、婚約者は嬉しそうに、真っ白なフロスティングが乗った、お日様色のケーキを差し出した。
「よかったら、これも……」
何やら木の実がのぞく断面を、フォークでくずし、小さなかけらを、そっと口に。
「んっ……」
なめらかなクリームチーズと、クルミとシナモン。
スパイシーな香ばしさと、優しい甘さが、口の中に広がる。
「美味しい……」
「本当に?」
「ええ、本当に!」
大きく、シャーロットが頷けば、ウィルフレッドは子供みたいに、鼻をくしゃりとさせて笑った。
「初めて食べました、何というケーキですか?」
「これ? 『キャロットケーキ』」
「キャロットって――『人参』⁉」
「そぉ、人参がたっぷり入ってる――兎穴に代々伝わる、自慢の一品」
いつの間にかまるで、久しぶりに会った幼馴染のように、くだけた口調で話していた。
あっという間にカラになった、カップとお皿を見て
「良かった」
ほっとした顔で、ウィルフレッドが呟く。
「今朝スープしか、口にしてないって、聞いたから」
「えっ……?」
なごやかだった温室の空気が、一瞬で凍った。
「わたくしを、監視――していたのですか⁉」
「違う! 料理長に、確認しただけだ――心配だったから!」
ここは敵陣……決して、気を許してはいけなかったのに。
油断した自分を、いましめるように、ケーキ皿のフォークを、強く掴んでいた左手。
その手が、向かいの席から、伸ばされた右手に、さらわれる。
「ただ……心配だったんだ」
金のフォークが、からりと、皿に落ちた。
ほっそりと白い手を、すっぽりと覆い隠す、大きく熱いてのひら。
ぎゅっと握られると、まるでそこから、心臓や頬にまで、熱が広がっていくようで
「おっ、お離しくださいっ!」
「嫌だ」
「イヤって……」
振りほどきたいのか、ずっと握っていて欲しいのか、分からなくなる。
「シャーロット……」
左手が宝物のように持ち上げられ、目を伏せた、整った顔が近付いて来て
「あっ……!」
手にキスを、落とされそうになった瞬間
ピシッ――!
領主のすぐ横、温室のガラスに、小石でも当たった様な、鋭い音が。
はっと、ウィルフレッドが、顔を上げた時
「ウィルフレッド様――こちら、お持ちしました!」
蓋つきのカゴを抱えた、黒髪の従者が、走り寄って来た。
はーっと肩を落とした領主は、婚約者の左手を、そっとテーブルに置き、従者に向き直る。
「ありがとう――ミカエル」
「いっいえ……!」
何事かをさっして、気まずそうにカゴを手渡す、主より少し年下らしい若者。
何気なく見ていると、去りぎわに、ちらりと目が合った。
ハシバミ色の、その瞳がなぜか、シャーロットの心に残る。
まるで細いつる薔薇の、小さな、小さな棘のように。




