侍女の日記22
◇◇◇
こんばんは、ご無沙汰してます。ユナです……(しょんぼり)
そもそもの始まりは、5日前――ちょうどヴァイオレット先生の、新しいお仕事が決まって、アナベラのお母様が、謝罪に来た日でした。
その日、ウィルフレッド様宛に電報が届き、翌日ミックを連れて急遽、首都ストランドに出向くことに。
「タウンハウス(首都にある屋敷)関係の用事で、ちょっと留守にするけど、明日には戻るから」
とシャーロット様に約束した通り、翌日の夜遅く、ウィルフレッド様は帰って来たのですが
「まだ少し、確認する書類があって――ミックに任せて来た。すぐに済むはずだから」
にっこりと告げられた日から、もう3日。
『大丈夫。ミックはストランドで、領主代行のお仕事をしているだけ。仕事が終われば、すぐに戻って来る』
って、分かっているのに……胸の中から、詰まった煙突のように燻る、不安を追い払えない。
不安の出処の一つは、早朝に出発するので直接会えないからと、家政婦のミセス・ジョーンズが預かって、後で渡してくれた『ミックからの手紙』。
その内容が
『もう、友達でいるのは辞める』って……いきなり、どーした⁉(ガーン)
わたし何か、嫌われるような事したかな……⁉
オタクトーク全開で、『ウィシャロ(ウィルフレッド様とシャーロット様=推しカプ)の尊さ』を、連日喋り倒したから?
『今日のシャーロット様、激萌ランキング』を毎晩、夕食後に発表したせい?
それとも……
心当たりがあり過ぎて、辛い(涙)
『辞めないよ』
裏庭で、告げられた時の事が、何度も、頭の中を過る。
逆光で見えなかった、ミックの顔は――あの時本当に、笑っていたのかな?
『突然のご報告で恐縮ですが、この度一身上の都合で、兎穴を退職することとなりました。ストランドの新しい職場でも、今までの経験を活かし、頑張っていく所存です。ユナ様の更なるご健勝とご活躍を、心よりお祈り申し上げます』
なんて、ビジネスメールの例文みたいな手紙が、いきなり送られて来たら、どうしよう……?
悶々(もんもん)と考えながら、裏庭から使用人食堂に向かう途中、見慣れない従僕達と行きかう。
『結婚式で人手がいるから』と、臨時で雇われた数名の使用人の他に、ウィルフレッド様が戻ってから更に、従僕やメイドが5名程、追加されたのだ。
そしてこれも、不安になる要因のひとつ。
追加で雇われた、体格の良い従僕が、気が付くと、さり気なく傍にいて――なんだか、見張られているような気がして、落ち着かない。
シャーロット様は「気のせいよ」と、笑ってらっしゃるけど。
新人のレベッカさんも、追加組で唯一のメイド。
年上(25歳くらい?)でクールな、黒髪の美人さんだけど、使用人食堂で会うと、気さくに話しかけてくれる。
「そういえば少し前に、泥棒が入ったって、ホント!?」
「うん……」
あの事件を思い出すと、またミックの事が頭に浮かぶから、口ごもっていると
「そうそう! うちの家宝の指輪を狙って、ウィルフレッド様の伯父様に変装して」
「書斎に立てこもって、拳銃撃ったり……ユナなんて、人質にされたんだよ!」
エマとジェインが、口々に説明してくれた。
「大変だったわね――怖かったでしょう?」
レベッカさんの向かいに座る、やはり新人のエルシーさん(こちらは先に雇われた、おっとり金髪美人)も、心配そうに声をかけてくれる。
「うん。でも、皆が助けてくれて――犯人も、無事捕まったし」
あの時最初に、窓ガラスを割ったのは、ミックのアイデアで
『ほらよく海外ドラマで、特殊急襲部隊が、窓ガラスをけ破って、突入するだろ? あれを、参考にしたんだ』
って、ちょっと得意げに、笑ってたっけ。
またぼんやり、思い出に沈んでいたら
「その家宝のバイオレット・サファイア、また狙われたら大変じゃない! きちんと、しまってあるんでしょうね⁉」
レベッカさんが、よく通る、大きな声で聞いて来た。
あれ? 『バイオレット・サファイア』って、誰か言ったっけ?
「……うん。今は――『書斎の、隠し戸棚』に、保管してるって――ミスター・アンダーソンが、仰ってたけど?」
頭の中の警告音を聴きながら、ゆっくり答えると
「そう……なら、安心ね?」
満足そうに頷く、黒髪美人。
何だか引っかかる……けど、事件の事は新聞にも載ったし、『バイオレット・サファイア』の事も、そこで見たのかも?
こんな時にミックがいれば、すぐ相談出来るのにー!
はっ! 今まで何でも相談して、頼り過ぎたのが重荷になって、逃げたくなった、とか……?(ガーン)
とっとりあえず、レベッカさんの件は念のため、ミスター・アンダーソンに話すとして。
明日はいよいよ、結婚式のリハーサル――推しカプのために、気合入れないと!
両手で頬を、ぱんっ!と叩いて、
仕事中は、ドレスの下に鎖で下げている、ミックから貰った推しグッズ(指輪)を、ベッドサイドテーブルの小皿に、そっと置く。
「明日こそミックが、帰って来ますように……」
おやすみなさい。
(ユナの日記より)




