5章プロローグ
サウザンド王国北部に位置する、ヘア伯爵領。
秋の柔らかな日差しに包まれた領内では、領主の結婚式を4日後に控えて、領民全員が浮足立っていた。
「我らがウィルフレッド様に、かんぱーい!」
「お美しいシャーロット様にも、かんぱーい‼」
村のパブ(居酒屋)では、『前祝い』と称した飲み会が、夜ごと開かれ、
「ウェディングドレスは、結局どちらのデザインに、なったのかね?」
「『当日のお楽しみ』らしいけど……気になるよね~!」
そこかしこで、噂話に花が咲く。
中でも、ヘア・ホール(ヘア邸)、通称『兎穴』の使用人一同は、うきうきと踊り出しそうな足並みを揃えて、4日後のゴールに向けて、突き進んでいた。
ただひとり――花嫁の侍女、ユナ・マウサーを除いて。
「あっ、ユナさん! 明日の、式のリハーサルですが……」
ちょうど通りかかった侍女に、声をかけた執事が、
「ユナさん……? 大丈夫ですか?」
いつも明るく仕事熱心な――時に、熱心過ぎる侍女の、ぼんやりと元気無い様子に、眉を顰めた。
「あっ……はい、大丈夫です! すみません、ミスター・アンダーソン!」
慌てて顔を上げ、謝罪するユナ。
でもその声にも表情にも、いつもの覇気が、見当たらない。
「どんなに忙しくても、気になる事があっても――きちんと食事を取って、よく休むこと。あなたがそんなだと、シャーロット様も、心配されますよ?」
厳しさの中にも、気遣いと優しさが潜む言葉で、諭された侍女が、はっと顔を引き締める。
「申し訳ありません! 以後、気を付けます!」
がばっと勢い良く下げた、ベージュブラウンの頭が
「……ミックは、大丈夫ですよ」
確信に満ちた声に、ぴくりと揺れた。
「そんなに心配しなくても、大丈夫。結婚式までには必ず、帰って来ますから」
ぽんぽんと、優しい言葉と掌に、肩を軽く叩かれて
「はいっ……!」
嬉しさと有難さと、自分に対する情けなさに、ほろりと零れ落ちそうになった涙を、ユナは必死にこらえた。
執事と別れた侍女は、受け取った伝言を伝えに、奥方の間へと向かう。
階段に足をかけ、ふと玄関ホールを振り返った。
そこは、ウィルフレッドの従者、ミックことミカエル・ドッゴと、お互いが『転生者』であることを初めて、確認し合った場所。
「懐かしいな……」
あれからまだ、1ヶ月もたっていないのに。
「早く帰って来てよ、ミック……」
そして、あの『手紙』の意味を、きちんと説明して欲しい。
転生仲間の従者が、『もう会わない』的な置き手紙を残して、首都ストランドに出向いてから、5日が過ぎようとしていた。
5章(最終章)、スタートしました!
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