子爵夫人の謝罪
兎穴に戻り、ヘア村の学校に、就職が決まったことを、皆に報告したヴァイオレットに
「これから――会いたくなったらすぐに、お会い出来るのね!」
「先生、わたしも会いに行っていい?」
嬉しそうなシャーロットとアナベラが、弾んだ声を上げる。
「もちろんよ! いつでも大歓迎!」
学校の傍にある、ターナー先生が元教え子のメイドと、暮らしている家に、間借りする事も決まった先生は、全開の笑顔で答えた。
そんな時、
「失礼致します、シャーロット様! ただ今――ギボン子爵夫人が、お見えになりました」
執事のミスター・アンダーソンが、足早に、奥方の間に入って来た。
「えっ、お母様が……⁉」
驚いて、目を見張るアナベラ。
「アナベラさんに、会いにみえたの?」
公爵令嬢の問いかけに
「いえ、『お約束はしていませんが、ぜひ、レディ・シャーロットとレディ・ヴァイオレットに、お会いしたい』と……」
「「レディ・ヴァイオレット?」」
揃って首を傾げた、先生とシャーロットだったが、とりあえず、客間に向かうことに。
執事が開けた扉から、侍女を従え、部屋に入ると――ぱっと、ソファから立ち上がった、アナベラにはあまり似ていない、青ざめた顔の子爵夫人が
「レディ・ヴァイオレット――あなたが、前シープ伯爵のご令嬢で、ウルフ公爵夫人が後見人で、いらっしゃる事を存じ上げず――大変な失礼を! どうかお許しください!」
深々と、頭を下げた。
貴族の爵位は、『公爵→侯爵→伯爵→子爵→男爵』の順で、貴族社会の中、その上下関係は、厳しく守られている。
上位の伯爵家の令嬢(しかも、バックに公爵家付)に、下位の子爵夫人が、確固たる証拠もない『噂』を理由に、無礼を働いた事が広まったら、社交界から爪弾きされても、おかしくないほど。
「レディ・ギボン……どうぞお顔を、お上げください」
落ち着いた声をかける、ヴァイオレット。
「無責任な噂を信じて、あなたを解雇してしまったことを……許してくださいますか?」
恐る恐る顔を上げた、子爵夫人に
「はい。ただ――もしまた、わたしの事に限らず、そんな『噂』を、耳にされたときには……事実かどうかを、きちんと確かめてから、判断なさると――約束してくださいますか?」
真摯な顔で、問いかける。
「はい、必ず、約束致します! ありがとうございます!」
子爵夫人が、ほっとした顔を、また下げた時、
コンコン……
「お母様――きちんと先生に、謝った?」
ノックの音の後に、アナベラがひょこっと、顔を出した。
「まぁ……アナベラ⁉ 少し会わない間に、感じが変わったわね!」
久しぶりに会う末娘を見て、驚いた声を上げる母親は、この秋流行りの、鮮やかなグリーンの外出着と、大きな羽根の付いた、揃いの帽子を身に着けて、いかにもお洒落やお喋りが大好きな、ふわふわしたご婦人に見える。
「感じって?」
「その髪型、すっきりしてて、良く似合っているし……なんだか急に、あか抜けたみたいよ!」
「そっ、そうかな?」
しきりと感心している母親に、今までほとんど、褒められた事などなかった、元悪役令嬢は――照れた仕草で、少しだけ伸びた髪を撫でた。
『ギボン姉妹で、美人じゃない方』と、言われてきた末娘を、まじまじと見直して
「レディ・ヴァイオレット……改めてまた、アナベラの家庭教師を、お願い出来ないでしょうか?」
子爵夫人が恐る恐る、『お願い』を、口にする。
「それが――次の仕事先がもう、決まってしまいまして」
「まぁ……それは残念ですわ! 今度は、どちらのご令嬢に?」
「いえ、家庭教師では……そうだわ!」
ぽん!と手を合わせて
「レディ・ギボン、ひとつお願いがあります」
ヴァイオレット先生が、きらりと目を光らせて、『お願い』を返した。
先生の『お願い』とは
「わたしと同じ学校で、教えていた元同僚を、アナベラの次の家庭教師に、推薦させてください」
という事。
「彼女はまだ若いですけど、とても優秀で、教育熱心な教師です。それに」
アナベラの目を、見下ろして
「亡くなったお父様が、植物学者で――彼女も、植物学が専門なのよ?」
だからきっと、気が合うと思うわ。
にっこりと、レディ・ヴァイオレットは、確信の笑みを浮かべた。




