ちょうどいい就職先
その日の午後、せめてもの思い出にと――ヴァイオレット先生を囲んで、アナベラとシャーロット、ミセス・ジョーンズにベティ、乳母と侍女――特別に使用人も参加して、女子だけの、お茶会を開いた。
「ヴァイオレット先生……わたし、先生のこと忘れません!」
「わたしもよ、アナベラ!」
参加者が皆、こっそり涙を拭いながら、しんみりと終わったお茶会の後で、侍女と一緒に温室から出た白ばら姫に
「シャーロット、ちょっといいか?」
珍しく思い詰めた表情の、ジェラルド・ウルフ大尉が、声をかけた。
人気の無い菜園の前まで、移動して
「どうなさったの、ジェル兄様……?」
シャーロットが、首を傾げる。
「さっきイーサンに、聞いたんだが――ヴァイオレット先生が、アナベラの家庭教師を、辞めさせられたって――ホントか?」
「ええ……残念だけど、本当よ」
ため息を吐いて
「明日、次のお仕事を探しに、ストランドに戻られるの」
しょんぼりと、公爵令嬢は答えた。
「次の仕事は、まだ決まってないんだな?」
「ええ」
「だったら……ちょうどいい、就職先がある」
「えっ、就職先……⁉」
驚いて顔を上げた従姉妹に、にやりと海軍大尉は、耳打ちをした。
翌日の朝食後
「先生、ストランド行きの馬車は、昼過ぎに出るんですよね。これから少し、お時間をいただけません?」
シャーロットが、にこりと声をかけた。
「いいけど……どこに行くの?」
「ちょっと、ヘア村まで」
馬車にユナと三人で乗り込み、しばし揺られて、辿り着いたのは
「ここは……?」
緑色の三角屋根に白い壁が可愛い、ヘア村の学校だった。
古いながら、きちんと手入れがされている校舎の、正面の扉を開けると、手前にカバンやコート等を掛けるスペース。
奥の教室に、30人程の生徒が座り、算数の授業を受けていた。
ベテランの女性教師が出した質問に、「はい!」「はいっ!」と元気よく、手を上げる生徒達。
首を捻っている生徒には、コルクボードに貼った、カラフルな図形を使って、問題のヒントが与えられ――「分かった!」と、嬉しそうな声が上がる。
低学年の生徒達に、小テストを解かせている間に、今度は年上の生徒に、数式を分かりやすく説明する。
真剣な顔で頷き、ペンを走らせる生徒達。
その様子を見ていたヴァイオレットの、眼鏡の奥の瞳が、生き生きと輝き出した。
「すみません、お待たせして」
授業の後の休憩時間に、女性教師――エリザベス・ターナーが、三人を奥の、教師用控室に案内した。
「こちらこそ、授業の邪魔をしてしまって、すみません」
申し訳なさそうに、公爵令嬢が頭を下げる。
途中で生徒達が、後にいる見学者に気が付いて、『シャーロット様だ!』『すごいキレイ!』『選挙の時の絵に、そっくり!』と、大騒ぎになってしまったのだ。
「いいえ、子供達も大喜びでしたし……。でも、あんまり賑やかで、びっくりなさったでしょう?」
笑顔で問いかけた、ターナー先生に
「いえ! 活気があって、とても楽しい授業でした!」
ヴァイオレットが、キラキラした目で答える。
「あなたは、首都の学校で、教えてらしたんですってね?」
「はい。女子専用の寄宿学校で、歴史や外国語、数学等を担当していました。その前は、家庭教師を」
「そう。だったら……」
にこりと微笑んだ、ターナー先生が、
「ここでの授業を、手伝ってもらえるかしら?」
元家庭教師に、問いかけた。
「手伝うって……この学校の『教師』として――という事ですか⁉」
思いがけない提案に、驚きの声を上げた、ヴァイオレットに
「さっきの生徒の中に数人、上の学校を目指している生徒達がいるの。合格したら、奨学金を受けて、進学出来るのよ」
「奨学金?」
「えぇ。前領主様もウィルフレッド様も、学ぶ意志のある子供達に、手を貸してくださって。放課後に、その子達の補習授業も、しているのだけど――わたし一人では、とても手が回まわらなくて。誰か手伝ってくれる教師を、探していたの」
ベテランの教師が、今まで何人も――何百人もの生徒を導いて来た、右手を差し出す。
「わんぱくな男子生徒も、たくさんいるし。ご令嬢達の寄宿学校より、お給料も低く」「お願いします!」
被せ気味に答えた、ヴァイオレット先生が
「ぜひ、やらせてください……!」
差し出された右手を、ぎゅっと両手で、力強く握った。




