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サウザンド ローズ ~転生侍女は、推しカプの尊さを語りたい~【番外編16「『時のはざま書店』にようこそ」完結☆】  作者: 壱邑なお


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ノーグッドなプロポーズ

「お兄様! 待って……!」

 引き止めようとする、妹の手を振り切って、イーサン・ウルフは、モーニングルームにけ込んだ。

 驚いて目を見張る、乳母と侍女の前で

「先生……申し訳ない! わたしがうかつに、馬車に誘ったせいで――あなたに、不名誉なうわさが!」

 妹の元家庭教師に、深々と、頭を下げた。


「……なるほど、そういう訳だったのね?」

 ふーっとため息を、ひとついてから、唇をきゅっと結んで

「頭を上げてください、イーサン様? あなたのせいでは、ありませんから」

 きっぱりと、ヴァイオレットは告げた。

「でも……」

 言いよどむ次期ウルフ公爵に、にこりと微笑んで

「馬車に誘われて、『助かった!』と、わたしが自分から、喜んで乗せてもらったのよ? かつぎ上げられて、無理やり乗せられた訳でも、おどされた訳でもなく」

 授業中に、問題のポイントを教える時のように、左手を腰に当て、右手の人差し指を振りながら、

「ですから――あなたが責任を感じる理由は、何一つありません!」

『証明終わり』とばかりに、きっぱりと、元家庭教師は言い切った。


(((かっこいいーっ!)))

 両手を胸の前で組み合わせて、ぽ~っと見惚れる、元教え子と侍女と乳母。

 その前で、居心地悪そうに、しばし腕を組んでから

「わかった……それなら」

 ヴァイオレットの前にひざまずいて、差し出した右手で、ぐいっと左手を取り

「わたしと、結婚してください!」

 きりりと顔を上げて、まるで決闘でも申し込むように――イーサン・ウルフは、プロポーズの言葉を口にした。


「は……? 何が、『それなら』? 前後の文章が、全くつながっていません! 意味不明――ノーグッドです!」

 いきなり結婚を申し込まれ、混乱しながら『文法の間違い』を口走る、元家庭教師に

「先生……問題は、そこではないかと」

「そうですよ。確かに、『ノーグッド』ですけど」

「『ノーグッド』だねぇ……」

 元教え子と侍女と乳母は、そろってため息をいた。


「大体どうして、この流れで『結婚の申し込み』に、なるんです⁉」

「どうしてって……」

 あごに左手を当てて、少し考えてから

「あなたの名誉を守るためには、これが一番いい方法だと――思ったからです」

 ゆっくりと、真摯しんしな声で答えた、次代狼城領主に

「なるほど……よく分かりました」

 こっくりとうなずいた、元家庭教師。

「それは――『イエス』ってことですか⁉」

 ぱっと顔を輝かせた、求婚者に

「違います! 分かったのは『求婚の理由』――答えは『ノー』です!」

 生徒の間違いを正す口調で、きっぱりと、ヴァイオレット・シープは答えた。


「あなたが、そんな犠牲をいてまで、守ってくださる『名誉』なんて――10年も昔に、捨ててしまいましたから」

 家出にいたるまでの、10年前の苦い過去を思い出して、一瞬(ゆが)んだ唇が、にっこりと弧を描く。

「いや、それだけではなくて……」

「でも、お心遣こころづかいは、とても嬉しかったですわ。ありがとうございました」

 もごもごと、何事かを言いつのるイーサンの右手から、左手を抜き取って……この件は、これで終了!とばかりに、くるりと元教え子に、向き直る。


「シャーロット、残りの宛名書きを済ませたら、荷造りするわね! 明日の馬車で、ストランドにてるように」

「まぁ先生、そんなに急いで帰らなくても……」

「この辺りで、仕事を見つけるのは、もう難しそうだから――ストランドの『ガヴァネス互恵(ごけい)協会』で、紹介してもらえるか、当たってみようと思って。そんな顔しないで……またすぐに、結婚式で会えるわよ!」

 しょんぼりした元教え子を、ぎゅっと抱きしめてから――元家庭教師は、振り返らずに、部屋から出て行った。


「相変わらず、パワフル……」

「まぁ、半分は――空元気からげんきだろうけどね」

 侍女と乳母が、見送っている後ろで、

「イーサンお兄様……? そろそろ、立ち上がったらいかが?」

 公爵令嬢が、床に片膝を付いたまま、固まっている兄に、そっと声をかけた。


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