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サウザンド ローズ ~転生侍女は、推しカプの尊さを語りたい~【番外編16「『時のはざま書店』にようこそ」完結☆】  作者: 壱邑なお


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思わぬ知らせ

 翌日、ギボン子爵家におもむいたヴァイオレット・シープは、面接を受けたその場で、採用が即決された。

 兎穴に戻ったヴァイオレットを

「おめでとうございます、先生!」

「ありがとう、皆が応援してくれたおかげよ!」

「嬉しい――ヴァイオレット先生!」

「これからよろしくね、アナベラ」

 わっと、皆が祝福する。


 とりあえずしばらくは、午前は礼儀作法や歴史や語学の授業、午後は庭で植物学を教えて。

 手がいたら、招待状の宛名書き等、結婚式の準備の手伝い――と、ヴァイオレットは、忙しくも楽しい毎日を、過ごしていた。

 そんな数日が過ぎた頃、思わぬ知らせが届く。


「『ギボン子爵夫人』――アナベラのお母様からだわ」

 手紙を開いた先生の眉が、きゅっとひそめられた。

「ヴァイオレット先生……?」

「子爵夫人から、何と?」

 心配そうに声をかける、アナベラやシャーロットに

「『採用は取りやめる』――そうよ」

 力ない笑顔で、ヴァイオレットは告げた。


「『取りやめ』って……わたしの先生じゃ、なくなるってこと?」

 呆然ぼうぜんたずねた、アナベラの手を取って

「そうね……でも、一度わたしの生徒になった人は、例えこの手が離れても――ずっと生徒でいる事に、変わりはないのよ?」

 ヴァイオレット・シープ先生は、可愛い教え子に、いつくしみを込めて、微笑んだ。


 しょんぼりしたアナベラを、『ナツとハルに、会いに行きましょう?』と、ベティがウサギ小屋に連れ出した後で、

「それにしても、いきなり『採用取り消し』なんて……」

「ひどすぎます!」

「何か理由は、書いてないのかい?」

 元教え子と侍女と乳母に囲まれた先生は

「それが……『身分をわきまえない、不適切な行動』のせいだと」

 困惑した顔で、首をかしげる。


「なんですの、それは……?」

「全く意味が、分かりません!」

「言いがかりも、はなはだしいね!」

 狼城勢が、いきり立っている所に

「シャーロット様、少しよろしいでしょうか?」

 家政婦のミセス・ジョーンズが、落ち着いた声をかけた。


「――実は、ギボン子爵家の家政婦が、以前こちらで働いておりまして。今もときおり、手紙のやりとりをしております。その彼女から、連絡が……」

 他の面々をモーニングルームに残し、人気ひとけの無い玄関ホールで、そっと公爵令嬢に告げる。

「先生の採用を、いきなり取り消した事情が、分かったの⁉」

「はい。それが……『ヴァイオレット先生が、ウルフ公爵家のイーサン様と二人きりで、仲睦なかむつまじく馬車に乗っていた』といううわさが、子爵夫人の耳に届いたそうです」

「お兄様と⁉ そんな事、先生がするはず……」

 はっと、何事か気が付いたシャーロットに、ミセス・ジョーンズが、こくりとうなずく。


「先生が眼鏡を壊された日、イーサン様と馬車でいらした所を、誰かに見られて。それがじれて、伝わったかと」

「でもあの時は、『二人きり』じゃなかったわ! アナベラさんとベティも、一緒に乗っていたのよ?」

「シャーロット様……」

 いつになく、さとすような口調で

「無責任な噂を、面白おかしく流す『噂雀うわさすずめ』にとって……噂に都合の悪い、子供やメイドは『見えなかった』。だから『いなかった』ことに、なるのでございます」

 淡々と告げられる、家政婦の言葉に、ぞくりと、背筋に冷たい物が走った。


「……そうね。そういう人達にとっては」

 社交界で少しだけ見聞きした、そんな無責任な噂と、その被害者の話を、思い返しながら

「でもイーサンお兄様は、ただ親切心から、先生を助けただけなのに――そんな事で採用が、取り消されるなんて」「ちょっと待て」

 いきなり割り込んだ低い声に、驚いて振り向けば

「その話――詳しく聞かせろ」

「お兄様……」

 次期ウルフ公爵が、狼のように鋭い、その瞳に、暗い怒りをたたえて、たたずんでいた。


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