思わぬ知らせ
翌日、ギボン子爵家に赴いたヴァイオレット・シープは、面接を受けたその場で、採用が即決された。
兎穴に戻ったヴァイオレットを
「おめでとうございます、先生!」
「ありがとう、皆が応援してくれたおかげよ!」
「嬉しい――ヴァイオレット先生!」
「これからよろしくね、アナベラ」
わっと、皆が祝福する。
とりあえずしばらくは、午前は礼儀作法や歴史や語学の授業、午後は庭で植物学を教えて。
手が空いたら、招待状の宛名書き等、結婚式の準備の手伝い――と、ヴァイオレットは、忙しくも楽しい毎日を、過ごしていた。
そんな数日が過ぎた頃、思わぬ知らせが届く。
「『ギボン子爵夫人』――アナベラのお母様からだわ」
手紙を開いた先生の眉が、きゅっと顰められた。
「ヴァイオレット先生……?」
「子爵夫人から、何と?」
心配そうに声をかける、アナベラやシャーロットに
「『採用は取りやめる』――そうよ」
力ない笑顔で、ヴァイオレットは告げた。
「『取りやめ』って……わたしの先生じゃ、なくなるってこと?」
呆然と尋ねた、アナベラの手を取って
「そうね……でも、一度わたしの生徒になった人は、例えこの手が離れても――ずっと生徒でいる事に、変わりはないのよ?」
ヴァイオレット・シープ先生は、可愛い教え子に、慈しみを込めて、微笑んだ。
しょんぼりしたアナベラを、『ナツとハルに、会いに行きましょう?』と、ベティがウサギ小屋に連れ出した後で、
「それにしても、いきなり『採用取り消し』なんて……」
「ひどすぎます!」
「何か理由は、書いてないのかい?」
元教え子と侍女と乳母に囲まれた先生は
「それが……『身分をわきまえない、不適切な行動』のせいだと」
困惑した顔で、首を傾げる。
「なんですの、それは……?」
「全く意味が、分かりません!」
「言いがかりも、甚だしいね!」
狼城勢が、いきり立っている所に
「シャーロット様、少しよろしいでしょうか?」
家政婦のミセス・ジョーンズが、落ち着いた声をかけた。
「――実は、ギボン子爵家の家政婦が、以前こちらで働いておりまして。今もときおり、手紙のやりとりをしております。その彼女から、連絡が……」
他の面々をモーニングルームに残し、人気の無い玄関ホールで、そっと公爵令嬢に告げる。
「先生の採用を、いきなり取り消した事情が、分かったの⁉」
「はい。それが……『ヴァイオレット先生が、ウルフ公爵家のイーサン様と二人きりで、仲睦まじく馬車に乗っていた』という噂が、子爵夫人の耳に届いたそうです」
「お兄様と⁉ そんな事、先生がするはず……」
はっと、何事か気が付いたシャーロットに、ミセス・ジョーンズが、こくりと頷く。
「先生が眼鏡を壊された日、イーサン様と馬車でいらした所を、誰かに見られて。それが捻じれて、伝わったかと」
「でもあの時は、『二人きり』じゃなかったわ! アナベラさんとベティも、一緒に乗っていたのよ?」
「シャーロット様……」
いつになく、諭すような口調で
「無責任な噂を、面白おかしく流す『噂雀』にとって……噂に都合の悪い、子供やメイドは『見えなかった』。だから『いなかった』ことに、なるのでございます」
淡々と告げられる、家政婦の言葉に、ぞくりと、背筋に冷たい物が走った。
「……そうね。そういう人達にとっては」
社交界で少しだけ見聞きした、そんな無責任な噂と、その被害者の話を、思い返しながら
「でもイーサンお兄様は、ただ親切心から、先生を助けただけなのに――そんな事で採用が、取り消されるなんて」「ちょっと待て」
いきなり割り込んだ低い声に、驚いて振り向けば
「その話――詳しく聞かせろ」
「お兄様……」
次期ウルフ公爵が、狼のように鋭い、その瞳に、暗い怒りを湛えて、佇んでいた。




