侍女の日記20
「燻製タラ、すっごく美味しかった……ありがとね、ミック!」
夕食後、使用人食堂からモーニングルームまで、ランプに照らされた裏庭を、二人で歩きながら、お礼を言った
「うん。あっちで食べたら美味しくて、びっくりしたから――皆にも、食べて欲しくって。『賞味期限は約1週間』って聞いたから、新鮮な商品を扱っている店を、ウィルフレッド様と探して。何とか兎穴全員が、食べられる分を確保して、早馬で送ったんだ。タイミング良く、昨日届いて良かったよ」
嬉しそうな横顔に
「ミックって……話しするの、上手だよね?」
昨日から思っていた事を、口にした。
「えっ、話? そうかな?」
「そうだよ! 昨日、帰ってすぐに皆の前で、あんなに丁寧に分かり易く、説明してくれて……すごいなぁって」
「あれは、ミスター・アンダーソンに、鍛えられたんだ」
「執事さんに?」
「『従者として――簡潔かつ分かり易く、報告や連絡が、出来るようになりなさい』って」
「なるほど」
感心して聞いていたら
「『もし将来、兎穴を辞めることがあっても、きっと役に立つから』って」
ちょっと待って……
「ミック! 辞めちゃうの⁉」
驚いて――思わず伸ばした右手で、黒い上着の左袖を掴むと、びっくりした顔が、振り向いた。
「あっ、ごめん……」
離そうとした手を、意外と大きな右手で、そっと押さえられて
「辞めないよ」
静かな声で言われたけど、ランプの逆光になって、ミックの顔が、よく見えない。
「ほんとに? ほんとの本当に⁉」
何だか急に不安になって、何度も確認したら
「本当だってば……!」
少しかがんでくれたら、笑ってる口元が見えて、心の底から、ほっとした。
「ポートリアの話、もっとゆっくり聞きたいな。明日の休憩時間、空いてる?」
「うん。じゃあ――4時過ぎに、兎小屋で。そっちの話も聞かせて?」
「もちろん! 楽しみにしてるね」
『報告会』の、約束をした後、
「それから――『干物』の事なんだけど……」
転生仲間の従者が、すっと真顔になって、言いずらそうに口を開いた。
あっ! 色々あって、すっかり忘れてた……!
「ごめんっ!」
いきなり、頭を下げたミックが
「あちこち探したんだけど、見つからなかったんだ」
しょんぼりと、謝罪した。
「電報の『焚火』って、『干物焼く用』――ってことだよね? そんなに楽しみにしてたのに、ホントごめん!」
「そんなそんなっ……謝らないでよ! そうだよね! いくら港町だからって、こちらの世界で干物なんて、売ってないよね?」
「――怒ってないですか?」
「ちょ、なんで敬語? 全然、怒ってないよ! さっきの『燻製タラ』で、大満足!」
にかっと、全開の笑顔で答えると
「良かった~!」
ほっとしたように、やっと、笑顔を返してくれた。
そっかー……やっぱり、こちらの世界には、『干物』は無いのか。
ちょっとだけ、残念。
でも、明日はミックに、元悪役令嬢のこと、ヒューバートルートと謎のポエムのこと、プロポーズイベのこと……話したいこと、たくさんある。
わくわくしながら……
おやすみなさい。
(ユナの日記より)




