温室の薔薇園
「まぁっ……!」
シャーロットが初めて足を踏み入れた、兎穴の温室。
そこには見渡す限り、たくさんの白薔薇が、美しさ清らかさを競い合うように、咲きほこっていた。
『シャーロット嬢に、お見せしたいものが……これから温室まで、よろしいでしょうか?』
ウィルフレッドの誘いの言葉を、
『えっ……いえ、結構です! わたくしは、その――荷解きで、忙しいので!』
警戒しながら、ばっさり断ると
『そうですか……』
しょんぼりと、肩を落とす姿に、なぜかチクリと、心が痛む。
『お嬢様――少しだけなら、よろしいのでは?』
その姿に同情したのか、ユナが小声で誘いかけ、
『なんなら俺が、温室の外から、見張っててやるよ』
ジェラルドまで、任せろと笑う。
『……では、少しだけ』
しぶしぶと頷けば、ほっとしたように、領主の左腕が、差し出された。
作法通りに、右手を添える。
家族のため、領民のためだけに、結ばれた婚約者。
でも相手に、どんな思惑があるにしても、こんな明るい時間に、何か仕掛けてくるとは思えない。
それに、
『ありがとう……!』
若さに似合わぬ切れ者と、ウワサに聞いていたこの人が――わたくしが、誘いに応じただけで――こんな、子供のような笑顔を、見せるなんて。
不思議な気持ちで、足を踏み入れた、ガラス張りの室内。
「こんなに、たくさんのバラが……! 狼城ではもう、なごりでしたのに」
「本当に……」
背後で侍女のユナも、息を飲んで、見渡している。
「まだ涼しい北部で、栽培させた苗を、植え替えましたので」
「えっ――わざわざ、ですか?」
「はい」
少し、ためらった後に
「あなたが好まれるから、狼城の庭には、薔薇が多いと聞きました。こちらにも、薔薇園を作ったら、故郷を離れた慰めに、なるのではと……」
「え、」
幾重にも連なる、白薔薇のアーチを、くるりと見やり
「これを、わたくしの為に……?」
目を丸くして、見上げると、
「はい。気に入って頂けると、良いのですが……」
不安そうに、揺らぐ瞳と出会う。
思わず、口から出た言葉は
「気に入りました」
「本当に……?」
「本当、です」
自分でも戸惑いながら、頷いてみせれば、ウィルフレッドはくしゃりと、安堵の笑みを見せた。
「良かった……!」
灰色がかった青い瞳を細めて、にこにこと、笑っている。
仇敵なのに、4歳も年上の領主様なのに、なんだか……
なんだか
「――可愛い」
ぽつりと落ちた言葉に、シャーロット自身が、一番びっくりして。
「えっ――今何か、おっしゃいましたか?」
耳を寄せるように、整った顔が近づいて来たとき
「――何でもございませんっ!!」
淑女の礼儀に、反するような大声を、思わず出してしまった事は
『ばあやには絶対、ナイショにしよう』
気持ちを落ち着かせようと、頬に触れる髪を、耳に掛けたとき
指先がかすめた、耳の先がなぜか、雪遊びの後のように、熱くなっていた事も。




