侍女の日記19
◇◇◇
こんばんは、ユナです!
またまた、びっくり!
突然いらしたヴァイオレット先生の、面接先がギボン子爵家――アナベラのお家で、お仕事内容が、アナベラの家庭教師だったとは……!
ヴァイオレット・シープ先生は、シャーロット様が9歳の時から7年間、家庭教師をされていた方。
元伯爵家のご令嬢だったけど、17歳の時にご両親が事故で亡くなり、伯爵位を継いだ(爵位は、男性しか継げないのです)親戚から、40歳も年上の侯爵の後妻として、嫁ぐよう言われて、家出を決行。
母親の親友だった、シャーロット様のお母様を頼って、狼城に辿り着き、『後見人になるから、社交界デビューを』という勧めを断って、お嬢様の家庭教師として働くことに。
仕事熱心で、いつも全力で、自分の人生を切り開いて。
『仕事に誇りを持つ』事を、わたしにも教えてくれたっけ。
きりりとした美人さんだけど、眼鏡を外すと一転、儚げな美人さんに……。
ん? 『儚げ』?
そういえばイーサン様が、何だか切なそうな視線を、先生に送っていたような……?
「ヴァイオレット先生が、わたしの先生になってくださるの? 嬉しいっ……!」
飛び上がって喜ぶアナベラに、先生も笑顔になって
「そうね――アナベラのご両親が、わたしを気に入ってくださったら」
大切に抱えていた、長方形の包みを、元悪役令嬢に渡した。
「これは……?」
「シャーロットに頼まれた、植物図鑑よ。あなたがお花や草に、興味があるからって。わたしが先生になれたら、これで一緒に勉強しましょう?」
「はいっ……!」
両手で図鑑を抱き締めて、嬉しそうに、アナベラは頷いた。
結局先生は、兎穴に泊まって、明日ヘア家の馬車で、ギボン邸に向かうことに。
ウィルフレッド様が、『既にアナベラが、なついている』旨の紹介状を、書くそうだし――採用決定、間違いないでしょ!
悪役令嬢時代、次々と家庭教師を、追い出して来たアナベラも……ヴァイオレット先生相手なら、良い生徒になるだろうし。
先生が兎穴にいてくだされば、イーサン様の恋も、応援しやすいし……!
結婚式の日取りも決まったし、プロポーズ現場まで目撃しちゃったし……今日は何ていい日♪
お嬢様達の晩餐が済んだ後、ご機嫌で使用人食堂に向かうと
「ユナ……! こっち、早く!」
「今日のメニュー――凄いよ!」
エマとジェインが、興奮しながら手を振っていた。
とりあえず、ジェインが言う『凄いメニュー』の乗ったトレイを、キッチンメイドから受け取る。
トレイに並ぶのは、大きくカットされたパイに、人参とひよこ豆のスープ、アイシングがかかったレモンドリズルケーキ。
今日も、どれも美味しそうだけど……
「何が『凄い』の?」
エマ達の隣に座って、首を傾げる。
「いいから!」
「早くそのパイ、食べてみて!」
これは――先程の晩餐で、お嬢様や先生が『美味しい!』と、絶賛されていたのと、同じもの?
2人にせかされながら、マッシュポテトに覆われた、パイの表面にフォークを入れた。
「あっ、『フィッシュパイ』?」
中からごろりと零れ出た、うっすらと茶色い魚の切り身や、卵等の具材とマッシュポテトを掬って、口に入れる。
もぐもぐと咀嚼して……
「えっ……何これ⁉」
今まで食べて来た『フィッシュパイ』と、全然違う!
普通は、生タラの切り身が入っているけど、これは……
「すっごく味が濃厚で、美味しい……!」
「でしょでしょ?」
「中に入ってるの、ポートリア名産の『燻製タラ』なんだって!」
「ポートリア?」
「そぉ! ウィルフレッド様とミックからの、お土産!」
じゃーん!と、二人が右手で、指し示した先には、
「うーまっ!」
「フィッシュパイて、こんなに美味い物なんだな!」
「ありがとな、ミック!」
と口々に賞賛する、従僕達に囲まれて、照れた顔で頷く、ミックが座っていた。
※このお話のモデル、英国ヴィクトリア朝で、住み込みの女性家庭教師は、諸事情により自分で、生活費を稼がなくてはならない「レディ」に許された、唯一の職業でした。
職業選択が一択って、厳しいですよね……。




