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サウザンド ローズ ~転生侍女は、推しカプの尊さを語りたい~【番外編16「『時のはざま書店』にようこそ」完結☆】  作者: 壱邑なお


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運命の出会い?

 その頃、ピクニックに出かけた一行は――見晴らしの良い丘の上で、バスケットを広げて、チキンとレタス、キュウリとクリームチーズ、卵のサンドイッチや、人参のサラダ、フェアリーケーキ(クリームやアイシングで飾った、小さなカップケーキ)等の、美味しい昼食を食べたり、広い野原で鬼ごっこしたり、お土産の花束を作ったり――楽しいひと時を過ごした後で、兎穴への帰路にいていた。


「アナベラ、楽しかったかい?」

 のどかな牧草地を走る、馬車の中で、問いかけたイーサンに

「はい! ピクニックなんて初めてで――お弁当も美味しかったし、あんなに広い所で思い切り遊べたし――とっても楽しかったです!」

 と、まだ興奮が冷めない様子の、元悪役令嬢が答えた。

「良かったですね、アナベラ様!」

 嬉しそうなメイドのベティと、小さなレディに

「それじゃ、近いうちにまた行こう。今度は、シャーロット達も一緒に」

 と優しく、約束したとき


「イーサン……」

 馬車の先を走っていた、灰色の馬が、窓に並んだ。

「どうした、ジェラルド?」

「あそこに、ご婦人が……」

 馬上の軍人が指した先には、途方にくれた様子で、道端の岩にぽつんと座っている、女性の姿が。

 御者ぎょしゃに、馬車を止めさせ

「どうか、されましたか?」

 ドアを開けてたずねたイーサンの声に、女性はぱっと、顔を上げた。


 潤んだ大きな(すみれ)色の瞳、不安そうに寄せた眉、問いかけるように少し開いた、薄紅色の唇。

 長方形の荷物を、ダークブラウンのドレスの腕に、大切そうに抱えて。

 後ろでまとめた髪から、ちらほらと乱れ落ちた、淡いブロンズ色の髪が、はかなげに、白い顔を縁取ふちどっている。

『守ってあげたい……』

 強く思ったその瞬間、次代狼城領主、イーサン・ウルフは、恋に落ちていた。


「あの、大丈夫ですか?……よろしかったら、ご自宅まで、お送りさせてください」

 ドキドキと、高鳴る鼓動を押さえて、イーサンがたずねると

「そちらの馬車は……どちらに、行かれるのですか?」

 少しためらいながら、女性がたずね返す。

「兎穴――いえ、ヘア・ホールです」

 イーサンの答えに

「あらっ」

 目をぱちりとまたたかせて、少し考えてから

「どうりで……聞き覚えのある、声だと思った! あなた、シャーロットのお兄様ね?」

 はかなげな表情を一変させて、悪戯いたずらっぽく口角を上げた。


「そう――ですけど、あなたは?」

 こんな理想のタイプに、ぴったりのレディ……一度でも会ったら、忘れるわけないのに!

 必死で、記憶を探っているイーサンに、

「何言ってんだ、見れば分かるだろ?」

 馬から降りて、呆れた声をかけた従兄弟が、

「ストランドでは、お世話になりました……ヴァイオレット先生」

 胸に手を当てて、その女性――シャーロットの元家庭教師に、礼儀正しくお辞儀をした。


「ヴァイオレット先生……シャーロットの家庭教師ガヴァネスの?」

 5歳下の妹に、家庭教師が来た時にはもう、自分とジェラルドは、パブリックスクール(上流寄宿学校)に入っていたから、休みで帰省した時に、顔を合わせる位だったけど。

 いつもきっちりとまとめた、地味な髪型とドレスに眼鏡。

 悪戯いたずらをした時によく、『ノーグッドです!』としかられた……あの、家庭教師だと?


「えーっと、その声は――ジェラルド、いえウルフ大尉ね?」

 目を細めて嬉しそうに、顔を見上げてくる、ヴァイオレットに

「はい。ジェラルドでいいですよ、先生」

「ではジェラルド、この前の、コロンのお土産はどうだった? シャーロットとユナに、気に入ってもらえたかしら?」

「『食べ物じゃない!』って、何だかすごく、びっくりされました」

「あはは――グッドよ、ジェラルド!」

 笑い転げる、ヴァイオレットに

「そういえば、先生――眼鏡は?」

 海軍大尉がたずねながら、手を差し出す。


「近道しようと、そこの柵を乗り越えた時、うっかり落として、踏んじゃったのよ!」

 明るく笑いながら、手を借りて立ち上がったヴァイオレット・シープは、ぱたぱたと勢いよく、スカートのほこりを落としながら

「眼鏡が無いと、全然見えないから、どーしようかと思ってたの。助かったわ! ありがとうね、イーサン様?」

 にっかりさばさばと、大きな声で笑いかけてくる女性は、『はかなさ』とか『守りたい』という言葉から、一番かけ離れた、存在に見える。


「……どういたしまして」

 一瞬にして天国から突き落とされた、お年頃のレディ達の憧れの的、次期ウルフ公爵は、力なくつぶやいた。


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