運命の出会い?
その頃、ピクニックに出かけた一行は――見晴らしの良い丘の上で、バスケットを広げて、チキンとレタス、キュウリとクリームチーズ、卵のサンドイッチや、人参のサラダ、フェアリーケーキ(クリームやアイシングで飾った、小さなカップケーキ)等の、美味しい昼食を食べたり、広い野原で鬼ごっこしたり、お土産の花束を作ったり――楽しいひと時を過ごした後で、兎穴への帰路に就いていた。
「アナベラ、楽しかったかい?」
のどかな牧草地を走る、馬車の中で、問いかけたイーサンに
「はい! ピクニックなんて初めてで――お弁当も美味しかったし、あんなに広い所で思い切り遊べたし――とっても楽しかったです!」
と、まだ興奮が冷めない様子の、元悪役令嬢が答えた。
「良かったですね、アナベラ様!」
嬉しそうなメイドのベティと、小さなレディに
「それじゃ、近いうちにまた行こう。今度は、シャーロット達も一緒に」
と優しく、約束したとき
「イーサン……」
馬車の先を走っていた、灰色の馬が、窓に並んだ。
「どうした、ジェラルド?」
「あそこに、ご婦人が……」
馬上の軍人が指した先には、途方にくれた様子で、道端の岩にぽつんと座っている、女性の姿が。
御者に、馬車を止めさせ
「どうか、されましたか?」
ドアを開けて尋ねたイーサンの声に、女性はぱっと、顔を上げた。
潤んだ大きな菫色の瞳、不安そうに寄せた眉、問いかけるように少し開いた、薄紅色の唇。
長方形の荷物を、ダークブラウンのドレスの腕に、大切そうに抱えて。
後ろで纏めた髪から、ちらほらと乱れ落ちた、淡いブロンズ色の髪が、儚げに、白い顔を縁取っている。
『守ってあげたい……』
強く思ったその瞬間、次代狼城領主、イーサン・ウルフは、恋に落ちていた。
「あの、大丈夫ですか?……よろしかったら、ご自宅まで、お送りさせてください」
ドキドキと、高鳴る鼓動を押さえて、イーサンが尋ねると
「そちらの馬車は……どちらに、行かれるのですか?」
少しためらいながら、女性が尋ね返す。
「兎穴――いえ、ヘア・ホールです」
イーサンの答えに
「あらっ」
目をぱちりと瞬かせて、少し考えてから
「どうりで……聞き覚えのある、声だと思った! あなた、シャーロットのお兄様ね?」
儚げな表情を一変させて、悪戯っぽく口角を上げた。
「そう――ですけど、あなたは?」
こんな理想のタイプに、ぴったりのレディ……一度でも会ったら、忘れるわけないのに!
必死で、記憶を探っているイーサンに、
「何言ってんだ、見れば分かるだろ?」
馬から降りて、呆れた声をかけた従兄弟が、
「ストランドでは、お世話になりました……ヴァイオレット先生」
胸に手を当てて、その女性――シャーロットの元家庭教師に、礼儀正しくお辞儀をした。
「ヴァイオレット先生……シャーロットの家庭教師の?」
5歳下の妹に、家庭教師が来た時にはもう、自分とジェラルドは、パブリックスクール(上流寄宿学校)に入っていたから、休みで帰省した時に、顔を合わせる位だったけど。
いつもきっちりと纏めた、地味な髪型とドレスに眼鏡。
悪戯をした時によく、『ノーグッドです!』と叱られた……あの、家庭教師だと?
「えーっと、その声は――ジェラルド、いえウルフ大尉ね?」
目を細めて嬉しそうに、顔を見上げてくる、ヴァイオレットに
「はい。ジェラルドでいいですよ、先生」
「ではジェラルド、この前の、コロンのお土産はどうだった? シャーロットとユナに、気に入ってもらえたかしら?」
「『食べ物じゃない!』って、何だかすごく、びっくりされました」
「あはは――グッドよ、ジェラルド!」
笑い転げる、ヴァイオレットに
「そういえば、先生――眼鏡は?」
海軍大尉が尋ねながら、手を差し出す。
「近道しようと、そこの柵を乗り越えた時、うっかり落として、踏んじゃったのよ!」
明るく笑いながら、手を借りて立ち上がったヴァイオレット・シープは、ぱたぱたと勢いよく、スカートのほこりを落としながら
「眼鏡が無いと、全然見えないから、どーしようかと思ってたの。助かったわ! ありがとうね、イーサン様?」
にっかりさばさばと、大きな声で笑いかけてくる女性は、『儚さ』とか『守りたい』という言葉から、一番かけ離れた、存在に見える。
「……どういたしまして」
一瞬にして天国から突き落とされた、お年頃のレディ達の憧れの的、次期ウルフ公爵は、力なく呟いた。




