2度目のプロポーズ
翌日久しぶりに、兎穴領主とその婚約者は二人きり、ガゼボで昼食を共にしていた。
「そういえば、イーサン義兄上は……?」
「アナベラさんとベティを連れて、ピクニックに行きました。お弁当を持って、ジェル兄様もご一緒に」
にこりと、楽しそうに笑った後に、表情を改めて
「お義母様のご容態、早く良くなられるといいですね?」
「うん。母も残念がってたよ。ロッティの絵を見て、『なんて綺麗で愛らしいの!』って……会うのを本当に、楽しみにしてたから」
「わたくしの『絵』?」
不思議そうに、首を傾げた婚約者に
「うん。ほら――ウェディングドレス選挙の、『バッスルドレス』の見本絵。あれを持って行って、父と母に見せたんだ」
得意そうに、領主は告げた。
「あんな大きな絵を……⁉」
「丸めて、図面用の固い筒に、入れて行ったから大丈夫。父に『ぜひ、譲って欲しい』ってせがまれて――『プリンセスライン』の方は、自室に飾ってあるから――しかたなく、プレゼントしたけど。『わたしの宝物だから、大切にしてください』って、念を押して」
「宝物……」
恥ずかしそうに頬を染めた、婚約者の、左手をそっと握って
「本当の宝物は、ここにあるけどね?」
愛おしそうに、薬指にはめている、昨日渡した『お土産』――繊細な薔薇の透かし彫りが入った、銀の指輪――を、優しく親指でさする。
「そういえば、ウェディングドレスの方は、進んでる?」
「はい。もう仮縫いは終わりましたので、後は刺繍やレース等、飾りを付けて、仕上げて頂くだけです」
シャーロットの返事に
「そうか……だったら、2週間後の水曜日は、どうかな?」
「どうって?」
「結婚式を、挙げるのは――どうかなって」
少し緊張した声で、ウィルフレッドが提案した。
「2週間……」
「急過ぎると、思うかもしれないけど――前回延期する前に、事前の準備はほとんど済んでいるし、父と母も心待ちにしているし。それに昔から、水曜日の結婚式は、『全てに恵まれる』って」
「わかりました」
早口で、あれこれ理由を述べている領主に、公爵令嬢は、きっぱりと頷いた。
「それに――えっ、今?」
「『わかりました。2週間後に、結婚式を致しましょう』と、申し上げました」
ほんわりと頬を染めて、微笑んでいるシャーロットを、呆然と見つめて
「……ごめん、言い方を間違えた」
改めて、婚約者の前に片膝を付き、差し伸べた右手で、白くほっそりとした左手を取り、
「レディ・シャーロット――わたし、ウィルフレッド・テレンス・ヘアと、2週間後の水曜日に、結婚して頂けますか?」
ヴァイオレット・サファイアの瞳に、真摯に問いかける。
「はい、喜んで」
にっこりと返された、答えを聞いて、嬉しそうに輝く、アッシュブルーの瞳。
幸せな沈黙に満ちた温室に、後方の侍女からぱたぱたと、指先をそっと合わせた、拍手の音が、微かに落ちた。
その時
「こほんっ!」
部屋中に響くような、咳払いの後、きっかり10秒の間を置いてから
「失礼致します……シャーロット様宛に、電報が」
と、銀盆を捧げた執事が、温室の入口から入って来た。
「電報? わたくしに?」
まるで1週間前の再現のように、銀盆を差し出す執事に、首を傾げるシャーロット。
「誰から、かしら?」
「狼城からじゃないか? ――ほら、『イーサン、すぐ帰れ』的な?」
10秒の間にさり気なく、立ち上がっていた領主が、口を挟む。
「まぁ、ウィルったら……」
くすくすと笑いながら、電報を開くと
「あらっ、先生からだわ!」
差出人の名前を見て、公爵令嬢は、目を見張った。
「『先生』って……結婚式に招待したって言ってた、元家庭教師の?」
「覚えてて、くださったんですね! えぇ、そのヴァイオレット・シープ先生からです……まぁ!」
電文を読んでいたシャーロットが、驚きの声を上げる。
「数日前に、『バッスル』の時お世話になったお礼と、アナベラさん用にお勧めの、『植物図鑑』を教えてくださいと、お手紙を書いたんです。そうしたら……」
「どうしたの?」
「『ちょうど、ヘア・ホール方面に行く用事があるので、ついでに届けます』と……今日の午後に、こちらにいらっしゃるそうです!」
「今日、これから……?」
「はいっ! 結婚式でお会いするのを、楽しみにしてましたのに――こんなに早く、お会いできるなんて!」
嬉しそうに、電報を繰り返し読んでいる、『宝物』の婚約者。
『千客万来』
義兄に加えて、元家庭教師まで……。
しばらくはまた、二人きりの甘い時間が削られることに、心の中で深く、ため息を吐きながら――
「それは良かったね、ロッティ?」
兎穴の領主は、にっこりと優しく、口角を上げてみせた。




