侍女の日記17
『アナベラのお姉様、オリヴィア・ギボン子爵令嬢』の名前を聞いて、イーサン様が驚いた訳とは……
「オリヴィア嬢とは、先々週、父方の伯母上の音楽会で、初めてお会いしたんだ」
それまでにも、招待された舞踏会や晩餐会を、何度も断っていたので、仕方なく出かけたイーサン様を、待ち受けていたのは――年頃のご令嬢軍団。
要は、音楽会と言う名の『お見合い会場』。
アナベラ姉は、来年社交界デビューって聞いたけど。
デビュー前に予行練習として、知り合いの家に招いてもらい、その時からスタートダッシュ――より良い『結婚相手』を探し始めるのは、貴族の子女にとっては当たり前の事。
お嬢様はもう、婚約者が決まってらしたのに、それはもう大人気だったっけ。
ひっきりなしに、ダンスを申し込んで来たり、お食事や軽食に誘う紳士方を、お父様とイーサン様が、笑顔で蹴散らしてたなぁ……。
とにかくそこで、イーサン様ときっかけを作った、アナベラ姉は――『ウィルフレッド様の従姉妹』という特権を振りかざして、行く先々で待ち構えてたり、『次に会う約束』を取り付けようと、毎日のように手紙を送って来たり……
『ロックオンされた』事情を、(アナベラの前で、話す訳にはいかないので)書斎で手短に聞いた後、ガゼボのお茶会に移動。
滞在予定の1週間が、今日で終わってしまうので、朝からしょんぼりしながら、お茶会の準備を手伝っていたアナベラに、
「せっかく仲良くなれたのに、もうお別れなんて寂しいわ。もうしばらく――結婚式が終わるまで、こちらにいて頂くのは――どうかしら?」
にっこりと、お嬢様が提案しました。
「えっ……ホントに? ウィル兄様、わたし――まだこちらに、いてもいいの⁉」
真ん丸な瞳で、問いかけられて
「もちろん! シャーロットから電報で相談されて、叔母上にすぐ連絡したんだ。喜んで承諾してくれたよ」
ウィルフレッド様も、笑顔で頷く。
「嬉しいっ! 明日から行く予定だった、大叔母様のお家では、締め切ったお部屋で、ずっと本を朗読しなくちゃいけないのよ!」
「それは大変。アナベラ姫を大叔母様から救い出せて、光栄の至り」
わざと大袈裟にお辞儀をするウィル兄様に、手を叩いて笑う元悪役令嬢。
その様子を、微笑んで見つめながら
「お兄様、アナベラさんのお姉様――オリヴィアさんて、どんな方なの?」
ふと首を傾げた、シャーロット様に
「う~ん……綺麗な金髪で、中々可愛い子だとは思うけど。中身が、全然わからないからなぁ」
と首を捻ったイーサン様が、ミセス・ジョーンズが切り分けたケーキを配りながら、メイドのベティと、楽しそうに話しているアナベラに、目を留めた。
「アナベラ、ちょっといいかな?」
イーサン様に声を掛けられて
「はいっ……」
恐る恐る――寄って来たアナベラに、苦笑いしながら
「さっきは、驚かせてごめんよ。聞きたい事があるんだけど……オリヴィアお姉様は、きみに似ているかい?」
問いかけられた元悪役令嬢は、きゅっと、唇を噛み締めた。
美人のお姉様と比べられて、いつもお母様に、ため息を吐かれているという――ベティに聞いた話を思い出して、はらはらしながら見守っていると
そっと小さな肩にかけた、優しいベティの手に、勇気付けられながら
「いいえ……全然似てないって、いつも言われます」
しょんぼりと、返事をしたアナベラに、
「そっかぁ――それは残念!」
にっこりと、大きな声と笑顔で返したラスボス。
「残念……?」
「アナベラに似てるんだったら、いい子なんだろーなって、思ったんだけど?」
イーサン様の言葉を受けて、ぱあーっと……お日様に照らされた花のように、輝いていくアナベラの、灰色の瞳に、優しく頷いてから
「という訳で――ほとぼりが冷めるまで、お世話になるよ?」
「は?」
「しばらくいられるの、お兄様?」
呆然とした顔の領主と、弾んだ声を出す妹に
「愛するロッティが望むなら――しばらくどころか、何年でも?」
ウィンク付きの決め台詞を、次代の狼城領主は、にやりと告げました。
さすがラスボス……かっこいいー!(心のペンライト振り振り)
そもそも、自分の恋(狩り?)の為に、病気の妹を邪魔者扱いするなんて……アナベラ姉が『いい子』とは、到底思えないし。
イーサン様だったら、他に幾らでも、お似合いのご令嬢がいるはず。
確か以前、『儚げで、守ってあげたくなる子』がタイプって……まぁ、そんな都合よく、理想のタイプが、見つかる訳ないか。
そういえばミック、すごくお疲れの様子だったけど、馬車の中でも『ウィルフレッド様VSイーサン様』に巻き込まれて、大変だったんだろーな……(しみじみ)
ポートリアの話も、詳しく聞きたいし、こっちも留守中の
『AR来襲』と『ヒューバートルート・始まる前に終了事件』の顛末(ミセス・ジョーンズが話してた『詩の朗読会』って、『ラップバトル』の間違いなんじゃ?)と、華麗なお嬢様のご活躍を、報告しなくちゃ!
『干物パーティー』の打ち合わせもあるし、明日ゆっくり話せるといいな♪
おやすみなさい。
(ユナの日記より)




