4章プロローグ
サウザンド王国北部に位置する、ヘア伯爵家の屋敷、ヘア・ホール(ヘア邸)。
通称『兎穴』は朝から、1週間ぶりの領主の帰還に、沸き立っていた。
「シャーロット様、客用寝室の準備は、整いました!」
「晩餐のメニューも、確認済です!」
「食器やカトラリー、ワインも、準備完了しました」
次々と入る、ハウスメイドや家政婦、執事からの報告を受けて、
「皆ありがとう。ご苦労様でした」
にっこりと、領主の婚約者、ウルフ公爵家令嬢シャーロットが、労った。
「まったくウィルフレッド様も、もう少し早く、ご連絡してくだされば……」
ため息交じりの、乳母の声に
「仕方ないわよ。お帰りになられるかどうかは、お義父様の体調次第、だったんですもの」
一昨日届いた、電報の文面――『このまま父の体調が良ければ、両親と一緒に戻る』――に思いを馳せたシャーロットは、文面の最後……『1週間分の愛を込めて ウィルより』まで、うっかり思い出して、ほんわりと頬を染めた。
そんな愛らしい主を、微笑ましく見つめながら
「そろそろ、ご到着されるお時間ですね。お嬢様――モーニングルームで、お待ちになられたら、いかがでしょう?」
にっこりと、侍女のユナが提案する。
「モーニングルームは、玄関ホールのすぐ裏ですから」
誰よりも早く、ウィルフレッド様を、お迎え出来ますよ?
「それは、いい考えだね、ユナ!」
「ええ、本当に! 参りましょう、シャーロット様」
乳母と家政婦にも背中を押されて――気が付けば、午後の明るい光が差し込む部屋で、茶器を手に座っていた。
「アナベラさんは――お庭かしら?」
そわそわと、浮き立つような気持ちを押さえて、公爵令嬢が尋ねる。
「はい。ベティと庭師のミスター・エバンズと、ご一緒です。『ウィル兄様に、お花をあげたい』と仰って」
家政婦の返事に、思わずにっこりした後、
「そういえば……ヒューバート様は、どちらに?」
ふと婚約者の弟君の姿を、しばらく見ていない事に気が付く。
「昨日、大学に戻られましたよ」
「まぁ! わたくしったら、ご挨拶もせずに……」
困惑して、左手を頬に当てたシャーロットに
「ヒューバート様も、お急ぎでしたから。何でも、今夜開催される『詩の朗読会』に、ご自作を披露したいからと」
宥めるように、ミセス・ジョーンズが答える。
「あらっ……詩を書かれるなんて、ステキね」
「ご学友の影響で、最近始められたそうです。何でも『すごい自信作が、降りて来た!』らしく、『心臓』が何とか……」
「ごふっ……!」
「ユナ? 大丈夫⁉」
家政婦の言葉を聞いて、いきなり咳き込んだ侍女に、心配そうに声をかければ
「大丈夫です! ちょっとホコリが喉に――けほん」
咳払いの後、にっこり返された。
ほっとした所に
「シャーロット様! ウィルフレッド様が、到着されました!」
と連絡を受けて、取り急ぎ足早に、玄関ホールに向かう。
大きく開かれた扉の向こうに、ヘア伯爵家の紋章が付いた、馬車が見える。
どくんと、跳ね上がる気持ちのまま、駆け寄り
「おかえりなさいませ……!」
弾む声をかけると、開いた馬車の扉から、飛び下りた男性が、
「シャーロット……!」
全開の笑顔で両手を広げ、その腕の中に、ぎゅっと抱きしめられた。
きちんと撫でつけても、いつの間にか、つんつんと立ち上がる、癖のある銀髪。
『鋭い』と、周囲に噂される黒い瞳は、目が合えばいつでも、にっこり――柔らかく細めてくれる。
『大好きだよ』と、こんな風に、抱きしめてくれる。
幼い時から、ずっと……
「イーサンお兄様……!?」
「会いたかった――シャーロット!」
離れていた時間を埋めるように、固く抱き合う――まるで、恋人同士のような兄妹を、続いて馬車から降りたウィルフレッドが、力なく眺める。
「それは、わたしの役目だろ……」
領主のぼやき声を、聞きつけて
「あらあら」
「おやおや」
「ファイトです」
家政婦と乳母と侍女が、三者三様に呟いた。
4章、スタートしました!
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