ルバーブの葉っぱ
「えっ――『ルバーブの葉っぱ』って、毒があるの⁉」
事件の翌日、菜園の前でアナベラが、驚きの声を上げた。
「そうなんですよ。茎はジャムやパイにして、美味しく頂けるんですけど」
にこやかに、ミセス・ジョーンズが答える。
「ベティは、それを知ってたのね?」
「はい。小さい頃、うっかり口にした友達が、具合悪くなって。母さんから、『食べちゃいけない草』を、教えてもらったんです。ルバーブの他に――トマトやジャガイモの葉にも、毒があるんですよ」
「そう……あんなに小さいナツが、もし食べたら、大変なことになっていたのね」
しょんぼりと、肩を落とすアナベラに
「わたしも焦ってしまって――急いで葉っぱを払い落とそうと、アナベラ様の手まで叩くなんて――本当に申し訳ございませんでしたっ!」
ベティが慌てて、頭を下げる。
「もういいってば。あのね――」
少し、もじもじしながら
「草やお花のこと、もっと教えてくれる?」
愛らしく、首を傾げたアナベラに
「もちろんです!」
全開の笑顔で、誰よりも優しい、アナベラだけのメイドは、頷いた。
にこやかに、小さな主とメイドのやり取りを、見守っていたシャーロットが
「そろそろ、お茶にしましょうか?」
明るく声をかける。
「「はーいっ‼」」
仲良く揃った返事に、目を細めながら
「シャーロット様、本日のお茶会は、少し趣向がございますよ」
家政婦が、楽しそうに告げた。
「趣向って、何かしら?」
わくわくしながら、温室に入った一行を、待っていたのは
「……ようこそ」
昨日、騒ぎを起こした張本人――ヒューバートだった。
神妙な顔で
「昨日は、お騒がせをして、申し訳ありませんでした」
と、頭を下げてから
「えっと、アナベラ……? 昨日はごめんね? 昔一度、会ったことがあるんだけど――覚えてるかな? ヒュー兄様だよ?」
シャーロットの後ろに、さっと隠れたアナベラに、恐る恐る、声をかける。
「……昔って?」
「えーと、確か……10年前?」
「生まれたばっかりじゃない! 覚えてるわけないでしょ⁉」
ぷんっと、頬を膨らませた従姉妹に
「そういえばまだ、おサルみたいな顔してたっけ」
余計な一言を、付け足して
「誰が、おサルよ……!」
『悪役令嬢』の怒りに、油を注いだ。
「アナベラ様、お嬢様。今日のお茶会は、昨日のお詫びにと――ヒューバート様が、ご用意されたんですよ」
お茶会の準備を手伝ったばあやが、見かねて口を挟む。
「まぁ……ありがとうございます。ヒューバート様」
微笑んだシャーロットを前に
「いっいえ――麗しのレディに、喜んでいただけるとは、望外の幸せ……」
握った右手を左胸に当てて、感動に耐える、領主の弟君。
「こほん……皆さま、お席に。ヒューバート様、本日のケーキは『特製』なんで、ございますよね?」
ミセス・ジョーンズに促されて
「そうなんです!」
大きな皿の覆いを取った、弟君が
「キャロットケーキです……!」
じゃーん!と得意顔で、披露した。
「レディ・シャーロットが、お好きと聞いて――今日のケーキは特別に、間に蜂蜜が挟んであります。風味が変わって、美味しいですよ。それから、アナベラが好きな、ルバーブのジャムを使った『ジャムタルト』。お茶は、ローズヒップのハーブティー……酸味が強いのでこちらにも、蜂蜜を少し垂らすと、飲みやすくなります」
ひとつひとつ丁寧に、説明してくれる。
その口調と先程の、胸に拳を当てた仕草……。
「ヒューバート様……?」
「はっ、はい!」
眩しそうに、こちらを見返す、その眼差しも
「ヒューバート様は、お兄様――ウィルフレッド様に、そっくりですね?」
白ばら姫は、にっこりと……それは嬉しそうに、微笑んだ。
「あーっ――あれは、きつい! ライバル、しかも兄弟に『そっくり』って……一番ダメージが大きい、攻撃だね」
「お嬢様に一切、悪気の無いのが……さらに、追い打ちかけてるよね?」
「……せめて今夜の晩餐は、ヒューバート様のお好きなメニューに、いたしましょう」
こそこそと会話する、乳母と侍女と家政婦と、「勉強になります!」と感心するメイドと――魂が抜けた目で、名前の通り今にも、ひゅーっと風に飛ばされそうな風情で、椅子にもたれる従兄弟を、交互に見ながら
『よくわからないけど……ちょっとだけ、ヒューお兄様に、優しくしてあげよう』
と思う、アナベラだった。




