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サウザンド ローズ ~転生侍女は、推しカプの尊さを語りたい~【番外編16「『時のはざま書店』にようこそ」完結☆】  作者: 壱邑なお


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初めて呼んだ名前

「――びっ、くりしたぁ……!」

 心底驚いた様子で、両手で胸を押さえる天使。

 アナベラが視線を外さないまま、警戒しながらそろそろと、フットベンチの端っこまで、後ずさった所で

 ばたばたばたっ……せわしない足音と共に

「アナベラさんっ、どうされました……⁉」

 雲のような裳裾もすそを腕にかけた、『お伽噺とぎばなしのお姫様』が、息せき切って、飛び込んで来た。


 振り返って目を見張った、アナベラの様子に、ほっとしながら

「そこのあなた、アナベラさんから離れなさい!」

 ベッドの上の見知らぬ男性を、きっとにらむ。

 ウェディングドレス姿のシャーロットを、ぼんやりと見返した天使は

「なんと、麗しい花嫁……あぁ、いい夢だなぁ……」

 両手を広げて、夢見るように、微笑んだ。


「わたくしは、警告しましたよ?」

 目の前の『敵』の言う事など、一切気に留めず、そでを探るような動きをした後

「あらっ?」困惑した声を上げた、公爵令嬢に

「お嬢様、こちらを!」いつの間にか、すぐ後ろに控えた侍女が、細長い皮のケースを差し出す。

「ありがとう、ユナ」

 敵から目を離さずに、すばやくケースから取り出した細身の短剣2本を、左手の指で挟み、

「アナベラさん、せてっ……!」

 シュッ、シュッ……!

 ベッドに向けて迷わず、白ばら姫は放った。


「あれっ……? わーーっ‼」

 たっぷりとしたシャツの両袖を、短刀で枕ごとい留められた天使が、両手を広げたまま、叫んだのと同時に

「アナベラさまっ、こちらに……!」

 フットベンチの上から小さな身体を、侍女が助け下ろし、転げるように、廊下に脱出。

「動くな……!」

 扉の前では、裏庭でぶつかった軍人が、なぜか食べかけのパストラミサンドイッチを片手に、目をすがめて、拳銃を構えていた。


「アナベラ様っ、お怪我はございませんか⁉」

 廊下で待ち受けていた、ミセス・ジョーンズが、膝を付いて、心配そうにたずねる。

 こくりと、うなずいた少女を

「良かった……!」

 ぎゅっと、抱きしめた。

 すぐ後から出てきたシャーロットも、そっと黒髪を撫でながら

「さぞ、怖かったでしょう? おかわいそうに……」

「平気……」

 ふっと涙が出そうになって、固く両手を握りしめたとき

「アナベラ様っ……!」

 人込みをかき分けて、ベティが走って来た。


「すみません! すみませんっ‼ わたしがお傍にいなかったせいで、怖い思いを……本当に、ごめんなさい‼」

 ぽろぽろと涙をこぼしながら、何度も頭を下げる。

『なんで謝るの? 怒ってたんじゃない、の?』

 腕を離した家政婦と公爵令嬢に、優しく背中を押されて、そっと右手を差し出すと、強く引っ張られて、ぶつかるような勢いで、抱き留められた。

「ごめんなさい――ごめんなさい」

 何度も繰り返しながら、頭や背中を優しくさすってくれる。


 新米で、役立たず……でも、優しい

 わたしだけの、メイド。

「ベティ……」

 初めてきちんと呼んだ名前は、我慢できずにこぼれ落ちた涙で、少しかすれて聴こえた。



 その頃、客用寝室の中では、

「おとなしくしろっ!」

「お前、この間の――ウィーズルの仲間か⁉」

 ジェラルドに銃で狙われたまま、従僕たちに取り押さえられた、侵入犯が

「痛っ、誰それ――? あっ! アンダーソン!」

 執事の顔を見て、ぱあっと、嬉しそうな声を上げた。


「僕、僕っ! ヒューバートだよっ!」

「ヒュー坊ちゃま……」

 頭痛を抑えるように、うつむいたひたいに右手をえた、ミスター・アンダーソンは


「皆、手を離しなさい。この方は、ヒューバート・ヘア様……ウィルフレッド様の弟君です」

 ため息交じりに、犯人の正体を告げた。



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― 新着の感想 ―
[良い点] ドレスを選ぶ中、お色直しをすれば良いのではと思った私を殴って下さい。 悪役令嬢でましたねー! 出たら嫌味な敵になるのかな、と思ったけど… なんだこのちっちゃいのー! と和んでおりました(…
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