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サウザンド ローズ ~転生侍女は、推しカプの尊さを語りたい~【番外編16「『時のはざま書店』にようこそ」完結☆】  作者: 壱邑なお


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ワンダーランド

 手を、ぶたれた……?

 ショックで固まった、アナベラの灰色の瞳に

「あっ……」自分のしたことに、驚いている顔の、ベティが映る。

「アナベラ様――わたし」

 おどおどと伸ばされた手に、びくっとなって――逃げるように、小屋から飛び出した。


 ひどい――ひどい! メイドのくせに! 新米の役立たずのくせに! お母様にだって、ぶたれた事なんてないのに……‼

 前を見ないで、怒りにまかせて走っていた小さな身体が、ぼすんっと何かにぶつかった。

「おっと――大丈夫か?」

 大きな両手で肩をつかまれて、見上げると、軍服を着た大男が……

「きゃーっ!」

 夢中で手を振り払って、モーニングルームに駆け込んだ。


 なんなの、なんなの――なんで兎穴に、軍人がいるの⁉

 知らない間に、『不思議の国(ワンダーランド)』に、迷い込んでしまったような、心もとない気持ちで。

 階段をかけ昇り、やっと客用寝室にたどり着く。

 ここ数日ですっかり見慣れた、いつもと変わらない美しい部屋に、ほっとして。

 うつむいたまま、ふらふらとベッドに歩み寄り、ぽすんと倒れ込んだ所で

「ぐぇっ……」

 つぶれたカエルのような、声が聞こえた。


 なに今の、変な声――それに、お布団が固い……?

 ばっとアナベラが、顔を上げると、

「誰……?」

 ベッドに横たわる、見知らぬ男性が。

 少し眉をしかめたまま、すやすやと幸せそうに、寝息を立てていた。


 白い額にかかる、淡い色の金髪。男らしくきりっとした眉の下には、長い睫毛まつげを伏せた瞳、高い鼻梁びりょうと形の良い唇。

 人間じゃなくて、まるで精巧せいこうに造られた人形ドール……それとも

「天使様――?」

 自分の声にびっくりして、両手で口を押さえて、思わず後ずさったところで、

 ガタンッ!

 ベッドの足元に置いてある、フットベンチの上に落ちた。


「ん……?」

 やっと目を覚ました見知らぬ天使が、もぞもぞ目をこする様を、呆然ぼうぜんと見上げていると――ぱちりと目が合った。

「誰?」

 少しかすれた声の天使――いや不審人物が、むくりと上半身を、起こしたところで


「きゃあーーっ……‼」

 屋敷中に響き渡るような大声が、アナベラの口から、飛び出していた。


※『フットベンチ』は、ベッドの足元に置く、背もたれの無い、長方形の椅子のようなベンチ。オットマンとも呼ばれ、海外のベッドルームやホテルで、良く見かけます。

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