お茶会と黒い子ウサギ
翌日になっても、依然アナベラは、客用寝室に引きこもっていた。
「朝食はともかく、昼食も、『体調が悪いから、お部屋で』って、仰ってるけど――お医者様を、呼んだ方がいいかしら?」
心配顔のシャーロットに
「――それです、お嬢様!」
侍女の瞳が、きらりと光った。
いつもは、ウィルフレッドと昼食を取る、温室のガゼボ。
今日はテーブルいっぱいに、薔薇柄のティーセットや取り皿、ケーキやスコーンが用意された所に
「まぁ――お茶会にようこそ、アナベラさん!」
しぶしぶと『悪役令嬢』が、ベティをお供に、登場した。
「来てくださって、嬉しいわ!」
弾んだ声で出迎えた、シャーロットに
「『来られない様なら、お医者様を呼ぶ』って、脅したくせに!」
悔しそうに、アナベラが言い返す。
「『脅し』てなんか……さぁ、お茶を召し上がれ。スコーンにはクリームと、こちらのジャムをどうぞ」
にこやかに差し出された茶器を、むすっと受け取り、『不機嫌』を顔に張り付けたまま、スコーンをぱくり。
「……おいしい」
思わず、声が出た。
甘酸っぱい、初めて食べる、綺麗な赤い色のジャムと、とろりとしたクリームに、さくさくのスコーン。
いつも家で食べているのとは、全然違う美味しさが、口の中に広がっていく。
「お口にあった? これは『ルバーブのジャム』」
「ルバーブ……?」
「大きな葉っぱに赤い茎のお野菜。茎を甘く煮て、ジャムやタルトにするの」
「茎が? 赤いの?」
「そうよ。このジャムと同じ色。本当に真っ赤だから――見たらきっと、びっくりするわ」
「真っ赤……」
スプーンですくったジャムを、じっと見つめて
「見てみたい――かも」
思わずぽつりと、声が落ちた。
「じゃあ、後で菜園に、行ってみましょうか?」
にこりとシャーロットが、提案した後で
「こちらは、『3種のベリーソースをかけたスフレチーズケーキ』でございます。アナベラ様が、ベリーをお好きだと聞いて――料理長が、腕によりをかけた一品でございますよ」
家政婦のミセス・ジョーンズがさりげなく、話を移した。
口の中で溶けて行くような美味しさに、つい、絶品チーズケーキを、おかわりした後……尻込みするアナベラを、「通り道だから」と、公爵令嬢と家政婦は、温室のすぐ裏の、菜園に案内した。
たまたま一緒になった、庭師のおじいさんに、教えてもらった、ルバーブやビーツ、パースニップ(白い人参のような根菜)等、色とりどりの珍しい野菜に、つい見とれて。
小さくちぎったレタスを手に、また「通り道だから」と連れて行かれた、裏庭の兎小屋。
愛らしい子ウサギたちに、言葉も出ない『悪役令嬢』は――ふわふわの温かな毛玉を、膝に乗せてもらい、恐る恐るレタスを、小さなお口に。
「食べた……!」
『アナベラ? あぁ――ギボン姉妹の、可愛くない方ね』
『こんな時に、風邪ひくなんて――お姉様には絶対、移さないでよ!』
周りから笑われ、家族からも疎まれている、自分の手から……何の警戒心もためらいもなく、もぐもぐと美味しそうに食べてくれて、
「ありがとう」と言うように、お鼻をひくひくさせながら、つぶらな瞳で見上げてくれたことが……飛びあがるくらい、嬉しくて。
「白い毛の子がハル、黒い子がナツという名前よ」
「ナツ……」
黒い子ウサギの毛に、そっと触れて
「わたしの髪と、同じ色だね……?」
柔らかな背中を撫でながら、自然と零れた優しい声で、アナベラは囁いた。




