苛立ちとステキな寝室
「アナベラ様……」
階段を昇りながら小声で、メイドのベティが囁いた。
「その――あんな事言って、大丈夫なんですか?」
「あんな事って?」
むっと口を引き結び、不機嫌そうに返す『レディ・アナベラ』。
「『婚約者って認めない』なんて……あんなお綺麗で、お優しそうなシャーロット様に」
むむーっと、さらに口の端を押し下げて
「だったらあんたも、『お綺麗なシャーロット様』のメイドに、なりなさいよ――!」
「そんな……」
困ったように、俯くベティ。
……あーっ、イライラする!
大体こんな、田舎者の新米メイドを、わたしの付き添いにするなんて――ひどい! やっぱりお母様が大切なのは、お姉様だけ……わたしの事なんか、どうでもいいんだわっ!
ウィルフレッドお兄様に会えるから、ここに来ることだって賛成したのに……お兄様はお留守で、あんな女主人面した婚約者だけなんて――最悪よ! 最悪!!
ぎゅっと、濃いピンク色――大嫌いな色の、ドレスのスカートを握りしめたとき
「こちらのお部屋ですよ、アナベラ様」
先に立って、案内してくれた家政婦が、微笑みながら、客用寝室の扉を開いた。
すぐ後ろを歩く、小さな令嬢とメイドの会話は、すっかり聞こえていたはずなのに、そんなそぶりを見せず
「お疲れでしょうから、ゆっくりなさってくださいね。夕食は7時を、予定しておりますので」
にこやかに一礼をして、去って行く。
少しだけ気まずい思いで、きゅっと唇を噛み締めたアナベラは、部屋に足を踏み入れた。
「わぁっ……!」
思わず、ため息が漏れた。
壁紙や絨毯、カーテンにクッション、ベッド周りや寝具等が、淡いクリーム色の薔薇柄で、統一されている。
可愛い鏡台に、華奢な椅子、小さな白いテーブルに飾られた、オフホワイトの薔薇の花。
女子なら誰でも『泊まってみたい』と、憧れるような寝室。
「ステキなお部屋ですねぇ……」
うっとりと眺める、ベティの声に、はっと我に返って
「ウィル兄様のご指示よ、きっと!」
言い捨てたアナベラは
「疲れたから、横になるわ」
ブーツを脱がせてもらい、クリーム色の掛け布団に、ばふんと倒れ込んだ。
「えっと、お腹は空いてませんか? お茶でも頼みましょうか……?」
ベッドサイドで、もじもじしているベティに
「いらない……! ヒマなんだったら、顔洗うお水でも、貰って来なさいよ!」
苛立った声を、投げつければ
「はいっ! すみません、行ってきます!」
水差しを掴んで、慌てて飛び出して行く。
「あんな、使えないメイドと、1週間……最悪」
ばふっと、良い香りのする枕に顔を埋めると、病気の時に切られた、短い黒髪がくるくると、頬にまとわりつく。
疎ましげに、払いのけながら――先程客間で見た、背中の中ほどまで垂れた、艶やかな銀色の髪を思い出す。
「……黒髪も銀髪も、大っ嫌い!」
『悪役令嬢』は、吐き捨てるように、呟いた。




