悪役令嬢来襲
翌日、早朝に旅立つウィルフレッドとミックを見送った後、シャーロットはばたばたと、前日から準備している客用寝室に、追加の指示を出し、家政婦と夕食のメニューを打合せ、温室の薔薇を花瓶に活け……昼過ぎにはすっかり、来客を迎える準備が整っていた。
「何か、忘れている事は無いかしら?」
落ち着かない様子で、若いレディ用に、美しく整えられた客用寝室を、見渡すシャーロットに
「大丈夫です。完璧です。どんとこい!です」
やはり落ち着かない――挙動不審気味のユナが、早口で返す。
そこに、
「シャーロット様、ただ今アナベラ様が、ご到着されました!」
『悪役令嬢来襲』の、一報が入った。
侍女を従え足早に、客間に向かう。
息を整え、執事のミスター・アンダーソンが開けた扉から、部屋に入り
「ようこそ、いらっしゃいました――レディ・ギボン」
落ち着いた声で、歓迎の言葉を口にし、部屋を見渡して
「あらっ……?」
シャーロットは、首を傾げた。
部屋の中にいるのは、壁際に立ちおどおどと、ダークブラウンの頭を下げる、まだ年若いメイド。
そして、ソファに座っているのは――ボンネットを深く被り、膝下丈のスカートから伸ばした足が、やっと床に着くような――小さな少女。
「あの……シャーロット・ウルフです。あなたは?」
公爵令嬢の問いかけに
「……アナベラ・ギボン」
不機嫌そうに、少女は答えた。
小さな手がいささか乱暴に、ボンネットを脱ぐと、ふぁさっと、肩の上でカットされた、真っ黒な、くるくる巻き毛が広がる。
視線を、手にしたボンネットに落としたまま、アナベラは、ぽつりと口を開いた。
「あなたが、ウィルフレッドお兄様の……?」
「あ、はい――婚約者です」
あっけに取られていたシャーロットが、はっと我に返り、
「ごめんなさい、アナベラさん。もっと年上の方かと、勘違いしてしまって……こんなに可愛い方とは」「社交辞令は結構です!」
柔らかく謝意を伝える、公爵令嬢の声に、かぶせ気味に叫んだ『悪役令嬢』は
「年上でも、可愛くも、ないけど」
きっ!と、つり気味の灰色の瞳で睨み、
「あなたが、ウィル兄様の婚約者だなんて――ぜーったい、認めませんから!」
小さな両手を、ぎゅっと握りしめて、宣戦布告を叫んだ。




