3章プロローグ
事の起こりは、昼食時に届いた、2通の電報だった。
1通は、ポートリアのゴート卿から。
もう1通は、母方の親戚、ギボン子爵家から。
宛名はどちらも、『ウィルフレッド・テレンス・ヘア伯爵殿』。
執事のミスター・アンダーソンが差し出す銀盆から、ウィルフレッドはまず、ミドルネームを貰った『テリー伯父様』こと、テレンス・ゴート卿からの、電報を手にした。
「ウィル、フレッド様……伯父様からは何と?」
婚約者のシャーロット・ウルフ公爵令嬢が、心配そうに声をかける。
きゅっと結んで、文面を読んでいた、領主の唇が、ふっと綻び
「うん――父の記憶がすっかり、戻ったそうだ!」
嬉しそうに、弾んだ声を上げた。
1年前、思わぬ事件で頭にケガを負い、その前後の記憶を、ぽっかり失っていた、前領主。
つい10日ほど前に起きた、『主人に変装して悪事し放題&侍女監禁&書斎立てこもり&拳銃発砲&家宝盗難未遂事件』の犯人が、その時の同一犯だと分かり、『テリー伯父様』が、詳細を伝えに戻っていたのだ。
「まぁ――本当によかったですわ! おめでとうございます!」
シャーロットもぱちりと両手を合わせ、笑顔で言祝ぐ。
「すぐに、行って差し上げてください。お顔をご覧になれば、お父様もご安心なさるでしょうし」
「ありがとう、伯父上も『都合が良ければ、すぐ来るように』と、言ってこられたけど……」
もう1通の電報を開いて、
「――どうやら、そうもいかないようだ」
親指で眉間を摩りながら、ウィルフレッドは、困り顔で笑った。
「ギボン子爵夫人――母の妹にあたる、叔母上から、『下の娘を1週間ほど、預かって欲しい』と連絡が」
「『下の娘』……従姉妹さん、ですか?」
首を傾げた婚約者に
「うん。『アナベラ』という名前で」と答えた途端
カシャーンッ――!
「しっ、失礼しました!」
茶器を手渡そうとしていた侍女が、ティースプーンを取り落とした。
「申し訳ございません、お嬢様!」
珍しい失態に動揺したのか、常になく慌てた様子で、代わりのスプーンを用意する侍女に
「大丈夫よ、ユナ」
にこりと、微笑んでから
「ウィル、『レディ・アナベラ』は、わたくしにお任せください」
公爵令嬢は婚約者に、胸を張って告げた。
「いや、でも……ロッティだって――ウェディングドレスの仮縫いや、色々準備で忙しいだろ?」
「大丈夫です。ウィルはどうぞ、お父様のところに。それに、お客様をおもてなしするのは、わたくしの役目ですわ。その――『ヘア伯爵家の女主人』、として……」
「ロッティ――!」
ほんわりと頬を染めて、ためらいながら告げられた、『女主人』という言葉に、打ち抜かれた心臓を、右手の拳で押さえて耐える、兎穴の領主。
「ん゛んっ……」
後方で、流れ弾に当たった侍女も、咳払いで平静を装う。
胸から外した右手を伸ばし、ほっそりと白い左手に、そっと指を絡ませて
「ありがとう。アナベラは大人しい子だから、あまり迷惑をかけないと思うけど――何か困ったことがあったら、すぐに連絡をして?」
「わかりました。あの――お父様とお母様に、よろしくお伝えください。『シャーロットもご一緒出来なくて、申し訳ございません』と」
「うん。わたしの『奥方』がそう言っていたって、ちゃんと伝えるから」
「おく……」
また頬を染めた、未来の奥方に
「いい知らせを、待っていて?」
アッシュブルーの瞳を細めて、囁けば
「はい、お待ちしています」
バイオレットサファイアの瞳が、祈るように瞬いた。
3章、スタートしました!
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