従者の秘密
【木曜日】
「あっ! ねぇ、ミック見なかった⁉」
翌日の午後、4時からの休憩時間にユナは、顔見知りの従僕、ニコラスことニックに、声をかけた。
「ミック? あぁ、ヒマな時はよく『兎小屋』に行ってるよ。
ジェルさんがいなくて、俺らもヒマだし……早く帰って来てくれないかなー!」
「来週の初めには、戻られる予定だよ」
「マジで!? やったー!」
ガッツポーズで浮かれる、ニックに手を振って、裏庭に急ぐ。
「相変わらず、ジェラルド様、大人気だな~」
お嬢様も、ヒマを持て余してらっしゃるのか、ミセス・ジョーンズから借りた、ファッション雑誌ばかり見ているけど。
庭園を挟んで、使用人棟や厨房と、反対の隅にある兎小屋。
きちんと掃除された、小さな小屋の扉は、情報通りに鍵が外れていた。
そっと扉を開くと、乾いた干し草に座る、ミックこと、ミカエル・ドッゴの後ろ姿が。
窓から入る光を頼りに、木製の画板の上で、手を走らせている。
『仕事の書類かな?』
だったら、邪魔しちゃ悪いし。
音を立てないように近づき、後ろからそっと、のぞきこんだユナ。
「えっ……」
画板に挟んだ紙に描かれた、スケッチが、目に飛び込んで来た。
籠の中で、くうくう寝息を立てている、ハルとナツ。
その姿が、簡単な線で、愛らしく表現されている。
それは、スケッチというより『イラスト』。
しかも、選挙用に描かれた『見本図』と、同じタッチの。
「ミック、だったの……?」
ぱっと、振り返った顔が
「あの、お嬢様の『イラスト』描いたの、ミックなんでしょ?」
驚きに目を見開いたユナを捉え、気まずそうに、口を開く。
「うん……俺です」
『ほんの出来心です』とでも言い出しそうな、神妙な顔を見て
「びっくりしたぁ~!」
何だかほっとした侍女が、わざと大袈裟に、声を上げると
「大成功……?」
前世のドッキリ番組を真似て、従者はぎこちなく、おどけて見せた。
「絵、すごい上手だね! 前世から描いてたの?」
「うん。絵描くのは、小さい頃から好きだった」
「剣道しながら?」
「中学のときは剣道ばっかで、忘れてたけど。
高校入ったら、あまり部活動に力入れてなくて。
朝練も無いし、ヒマ持て余して――スマホとかで描いてみたら、ハマっちゃって」
「ミセス・ジョーンズは、ミックが絵得意なの、知ってたんだね?」
『残業』って、この事だったのか――と納得しながら、ユナがたずねる。
「得意っていうか――こっちでも子供の頃から、よく『お絵描き』してたから。
あのひとは、うちの母親の幼馴染で、小さい頃は弟と一緒に、よく遊んでもらったし。ここで働き始めてからも、すごくお世話になってるんだ。
マーガレット叔母さんは、『兎穴の母さん』みたいな人――かな?」
少しうつむいたまま、照れくさそうに、ミックは話した。
「『兎穴のお母さん』かぁ……だったら、協力したくなっちゃうね!」
「うん。あんな大きなサイズ描くの、初めてだったから、徹夜仕事になったけど。
喜んでくれる顔見たら、こっちも嬉しかったし」
「わかる、わかる」
うんうんと、大きくうなずきながら、ユナは、ウルフ村の家族を想う。
お父さんもお母さんも兄さん達も、みんな元気かな?
少ししんみりとした後で、はっと思い出した。
「そうだ! ミックに相談したいことが、あったの!」
「相談?」
「うん。実は、新たな『攻略対象者』が、現れて……」
と、説明を始めたとき
キィッ――と、小屋の扉が開いて
「おっ……お邪魔だったか?」
当の攻略対象者、ケネス・パンテラが、人参スティックの入った籠を片手に、目の下にクマの浮かぶ、憔悴した顔をのぞかせた。
「おっ『お邪魔』って……」
何故か、あわあわと口ごもるミック。
「全然、お邪魔じゃないです! ほらミック、休憩時間そろそろ終わりだよね? どうぞ、料理長……‼」
きっぱりと言い切ったユナは、少ししょんぼり気味なミックをせかして、小屋の外に。
扉をそっと閉めるときに、
「今日も、ロッティに会えなかったよ……」
ハルたちにつぶやく、ため息まじりの声が、もれ聞こえた。
「それで? 『攻略対象者』って、いったいどこに!?」
気を取り直して、問いかける従者に、侍女は無言で、たった今出てきた、扉を指した。
「え――まさか」
こくりと頷き、
「そう、『ケネスルート』が、始まってしまったの……」
「なんで――! いつの間に!?」
口をあんぐり開いたミックを、モーニングルーム前まで連れて行き、おおよそのいきさつを、ユナが説明する。
「……という訳で、シャーロット様は『言葉がよく通じない異国のひと』認識、だけなんだけど。料理長は『運命の出会い』って、思い切り勘違いしちゃってて」
「あちゃー……」
「どうしたらいいと思う?」
「どうしたらって……」
うーんと組んだ腕を、ぱっと開いて
「お手上げ?」
「もっと真剣に! このままだと、厨房の危機……兎穴全員が、また美味しい食事を頂けるかどうかの、瀬戸際なんだから!」
「まじでか!?」
一気に、ミックの顔が青ざめた。
また腕を組み、しばし考えたあとで
「要は……シャーロット様、いや『ロッティとは、二度と会えない』という状況を、料理長に納得させれば、いい訳、だよな?」
「何かいい考え、思いついたの!?」
「うん……上手く行くかは、分からないけど……」
「どうするの⁉」
意気込んだユナの声に、すっと左手の親指を、後方の兎小屋に向けて
「『ハル』に、手伝ってもらう」
にんまりと、ミカエル・ドッゴは答えた。




