新たな攻略ルート
「橋の上で、踊ろよ、踊ろよ♪ 橋の上で、輪になっておーどーろーー♪」
よく響く美しい声で、最後にビブラートまできかせて、難なく歌い上げた、見知らぬ男性。
思わずぱちぱちと、拍手をしながら
「あなたの方がずっと、ずっとお上手ですわ……!」
シャーロットは、感嘆の声を上げる。
右手を胸に当て、優雅に一礼をした男は、赤みがかったダークブラウンの前髪をかき上げて、
「――だろ?」
自信たっぷり、にっかりと。
まるでお日様のような、笑顔を見せた。
「あなたは、厨房の方ですか?」
「あぁ。ここの、料理長をしている――ケネス・パンテラだ」
「料理長……」
こんな若い方がと、驚きに目を見張る、公爵令嬢。
「あのっ――いつも美味しく、頂いてますわ!」
「口に合ったか?」
「ええっ! こちらに来てから、お茶やお食事が楽しみで」
シャーロットの賛辞に、ケネスは嬉しそうに、全開の笑顔を見せる。
「『こちらに来てから』?――わかった! あんた、シャーロット様と狼城から来た『メイド』だろ!?」
「メイド……?」
困惑しながら伏せた、紫の瞳に、白いエプロンが飛び込んで来た。
「あっ……」
戸惑って、うつむくと、それが料理長には、肯定したように見えて。
「名前は?」
「シャ――いえ、ロッティです」
メイドだと思い込んでいる相手に、本名を名乗るのをためらい、子供の頃の『呼び名』を告げる。
「歳は?」
「19です……」
「3歳下か――ちょうどいいな!」
質問を畳みかけた後、あごに右手をかけて、満足そうに何度か、ケネスは頷いた。
『ちょうどいい……って、何がかしら?』
愛らしく、小首をかしげた公爵令嬢に、また目を細めて。
料理長は、男らしく整った顔を、きりっと引き締める。
「可愛いロッティ――いきなりで、驚くかもしれないが……これは、『運命』だ!」
「はい?」
きょとんと今度は、反対側に首をかしげたロッティ、ことシャーロットに、芝居がかった仕草で、ケネスは右手を差し出す。
「俺と、け」
熱を帯びた瞳と声で、何事かを、告げようとしたとき
「料理長―っ! どこですかーー!?」
広場の方から、ひとりのメイドが、土煙をあげて、走ってきた。
『あれ、エプロンしてないけど……メイドだよな?』
あっけに取られて、告白を止めたケネスに、そのメイド、ユナが、荒い息を吐きながら叫んだ。
「ぜぇ……いた! はぁ――厨房で、皆が探してましたよ! 今すぐ、戻ってください‼」
「そうか……悪い、ロッティ。続きは、また今度な?」
小首をかしげたままの、公爵令嬢の頭を、ぽんぽんと優しく叩いて、
「チャオ、アモーレ……!」
ばちこーん!と、熱いウィンクを置き土産に、コックコートの背中が、走り去って行く。
「お嬢様、遅くなってすみません! 大丈夫でしたか? 何もされていませんか……!?」
あやうい所で、料理長を追い払った侍女が、必死の形相で問いかける。
「大丈夫よ、落ち着いてユナ。ただお話していただけ。あの方、料理長さん――外国の方、なのかしら?」
「あ、はい――大陸の出身だと、うかがってます」
「どうりで……」
ぽんっと、両手を合わせて
「お話が、よく分からなかった訳だわ!」
ほっとしたように、微笑むシャーロットに
「お嬢様……そのエプロン!」
今気が付いたと、ユナが、目を見張る。
「あっ……ごめんなさい、勝手に身に着けて! その――ユナたちの仲間みたいに、見えるかしらって。
でもやっぱり、わたくしには、似合わないわね?」
「とってもお似合いです! 世界一愛らしいです! 最高ですっ……‼」
しょんぼりうつむいた、公爵令嬢の声。
かぶせ気味に――侍女の賛辞が高らかに、閑静な裏庭に、響き渡った。




