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サウザンド ローズ ~転生侍女は、推しカプの尊さを語りたい~【番外編16「『時のはざま書店』にようこそ」完結☆】  作者: 壱邑なお


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エプロンと秘密の冒険

 せっかく来てもらった、仕立て屋さんや村人たちに、せめてもの『焼き立てパン』のお土産を持たせて、玄関ホールで見送った後、シャーロットは、ふーっと長いため息を吐いた。

「お疲れ様でした、お嬢様」

 いたわるように声をかけたユナが、早速選挙の話で盛り上がりながら、階段を昇るトップ2人を見上げて

「お部屋に戻る前に少し、気分転換なさいませんか?」

 にこりと、提案をした。



 ユナが案内したのは、裏庭に面した『モーニングルーム(居間)』。

 床から伸びた、いくつもの大きな窓や、庭に直接出られるガラスの扉から、柔らかな日の光が、部屋中に満ちている。

 明るく静かな室内にいるだけで、疲れた心が癒されて行くようだ。

「ありがとう、ユナ」

 ソファに座ったシャーロットは、ほっと、おだやかな、笑顔を見せた。


「今、お茶を頼んで来ますから、少しお待ちくださいね。お寒くはございませんか?」

 本来は仮縫かりぬい予定だったので、脱ぎ着がしやすい、薄手のシンプルなドレス姿のあるじを、侍女が心配そうに見やる。

「大丈夫よ」

「でもそちらは、春用のドレスですし……そうだ!」


 黒い制服の上に着けていた、エプロンを外し、

「わたしが身に着けていたものなんて、失礼なのは分かっておりますけど――先ほど取り替えたばかりですので」

 ふわりと、お嬢様の膝にかける。


「すぐにブランケットもお持ちしますので、少しだけ我慢なさってくださいね?」

 申し訳なさそうな声に

「とっても暖かいわ……ありがとう」

 侍女のぬくもりが残るエプロンを、そっと撫でながら、公爵令嬢は嬉しそうに答えた。



 裏庭から厨房ちゅうぼうに向かう、ユナの後ろ姿を見送りながら、シャーロットは、ふと思いつく。

 シンプルな濃いグレーのドレスに、仮縫いの邪魔にならないよう、編んでまとめた髪。装飾品は、小さな銀のピアスだけ――の、今日のよそおい。

「このエプロンを付けたら、ユナ達みたいに見えるかしら……?」

 わくわくしながら、フリルとレースに飾られた、真っ白なエプロンに手を通した。


 ひもを後ろで、きゅっと結び

「出来た……」

 大きなガラス扉に、姿を映してみる。

 襟と袖口だけ、控え目なレースと、小さな白いボタンで飾ったドレスに、真っ白なエプロンは、想像以上に似合っていた。

「エプロンを付けたのなんて、小さい時以来だわ!」

 楽しくなって、ガラス扉から、誰もいない裏庭に、そっと足を踏み出す。


 裏庭とはいえ、きちんと手入れされた生垣いけがきと、その間を迷路のような小道が通る、立派な庭園。

「ジェル兄様が、稽古を付けていたのは――あの辺りね」

 書類関係の用事で今朝、首都の海軍省に向かった、従兄弟を思い出しながら、少し離れた、使用人棟や厨房ちゅうぼう寄りの広場を、手をかざしてながめる。

 まだ使用人達の、休憩時間には早いため、誰も――子ウサギ一匹、見当たらない。



「まるで秘密の冒険でも、しているみたい!」

 わくわくと、胸がはずむ想いが、幼い頃に大好きだった、歌になって流れ出る。


「橋の上で、踊ろよ、踊ろよ――橋の上で、輪になって踊ろ♪」

 エプロンのすそをつまんで、くるりと周り

「お坊さんも来―る♪」

 楽しそうに歌いあげたとき


「「軍人さんも来―る♪」」

 最後の一節に、良く通る声が重ねった。



「えっ……⁉」

 驚いて顔を上げると

「歌、上手いな?」

 真っ白なコックコートを着た、見知らぬ男性が、黒い瞳を細めて、笑っていた。


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