2章 プロローグ
サウザンド王国北部に位置する、ヘア伯爵領。
その若き領主、ウィルフレッドの屋敷、ヘア・ホール(ヘア邸)。
通称『兎穴』の三階にある、『奥方の間』。
窓越しにうららかな、初秋の日差しが差し込む、淡いグリーンを基調とした美しい部屋の中では、喧々諤々な討論が、繰り広げられていた。
【月曜日】
「いいえ――お嬢様には絶対、プリンセスラインがお似合いです!」
領主の婚約者、シャーロットの乳母が、自信満々に断言する。
「何しろお小さい頃からずっと、お傍でお仕えしておりますから、お嬢様にお似合いな――いえ! もちろんどんなドレスでも、お似合いですけど!
とにかく、伝統的なラインのドレスを着たお嬢様が、それこそ姫君のように、お美しくて愛らしいことは、このわたしが、よーく知っておりますから!」
鼻息も荒く、言い切る乳母に
「それは――そうでしょうとも! シャーロット様のことを一番お分かりなのは、ミセス・マウサーに間違いありません!」
家政婦のミセス・ジョーンズが、深く頷く。
「わかってくれましたか!」
喜びの声を上げる、ミセス・マウサーこと乳母に
「でも……」
ばさっと、首都ストランドから届いたばかりの、ファッション雑誌を広げて
「今の流行りは、『バッスルドレス』! この腰をふくらませた、細身のシルエット――シャーロット様のような、すらっとした方にこそ、ぴったりなデザインです!」
ミセス・ジョーンズは、高らかに宣言した。
「お嬢様……どういたしましょう?」
「困ったわね――ユナ」
この部屋の主と侍女が、揃ってため息をついた。
事の起こりは、川に落ちて泥だらけになった『ウェディングドレスの修復』。
収穫祭の翌日から、ヘア村の仕立て屋と針自慢の村人が、兎穴に集まり、ドレスの状態を確認。
ほぼ無傷なボディス部分はそのままに、汚れのひどいスカート部分を取り外して、新しく作る事に決まったのだが……。
そこで、スカートのデザインをめぐって、思わぬ論争が始まってしまった訳である。
『プリンセスVSバッスル』。
狼城サイドのトップと、兎穴使用人トップの戦い。
仕立て屋や村人たちもただ、おろおろと見守るのみ。
「お嬢様――!」
「シャーロット様!」
トップ二人に、呼びかけられ
「な、何かしら?」
恐る恐る答えた、公爵令嬢に
「「どちらのドレスがお好きですか――!?」」
スフィンクスの謎よりも難しい質問が、投げかけられた。
「そ、そうね……どちらも、素敵ね?」
困り果てて眉根を寄せ、作り笑顔で答えるシャーロット。
その姿に、ぶちっと我慢のリミッターが、振り切れたユナが
「はいっ!」
勢いよく、右手を挙げる。
「投票で決めたら、いかがですか!」
「「投票……?」」
そろって首をかしげた、トップ2人に
「どちらのドレスが良いか、お屋敷の使用人やヘア村の人たちに選んで、投票してもらうんです! より多く票を集めたデザインのドレスを、お嬢様が結婚式で、お召しになるという事で……」
いかがでしょう?と、力説する侍女に
「なるほど……」
「それは、いい考えね」
乳母と家政婦は、深く頷いた。
「投票期間は、明後日から2日間、その翌日に開票するとして――明日中に投票箱と投票用紙の準備、それから……『見本』がいりますね」
前世の学生時代に、『生徒会役員選挙』を手伝った経験を思い出しながら、スケジュールを組み立てて行く侍女を、感心したように見つめながら、家政婦が尋ねた。
「『見本』とは?」
「ただ『プリンセスライン・バッスルドレス』と言われても、どんなデザインか分かりませんよね?
雑誌の切り抜きとか……本当はお嬢様をモデルに、イラスト――いえ! 絵で描いた物を、投票箱の上に提示すれば、分かりやすいかと。
でもそんな都合良く、絵の上手な方は見つから」
「――見つかります!」
「え?」
「その件は、わたしにお任せください!」
ミセス・ジョーンズが、ぽんと、胸を叩いた。
かくしてヘア領内で、『シャーロット様のウェディングドレス、選ぶのはあなた!』選挙戦が、華々しく幕を開けた。
そして、その騒ぎの裏でひっそりと、『新たな攻略ルート』が始まることを……誰も、シャーロット本人さえも、知る由はなかった。
2章、スタートしました!
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※バッスルドレスは、英国ヴィクトリア朝後期に流行したデザイン。日本では、鹿鳴館時代のドレスとして有名。今でも結婚式のドレスとして、人気のスタイルです。




