~幕間~『いばら姫の目覚め』2
はっと見開いた後に、そっと伏せられた、紫の瞳。
「わたくしで――本当によろしいのですか?
あちらの会場にも、社交界にも。他にたくさん、美しくて、魅力的な方が……」
家同士が決めた、婚約とはいえ。
それ相応の理由があれば、破談にする事だって、不可能ではないはず。
ナイフ投げの会場に行く前、たまたま見かけた――飲み物を取りに行った婚約者が、大人びた美しい少女と、親し気に話す姿。
二人から目が離せず、シャーロットは、その場に立ちつくした。
何気なく、こちらを向いた少女と、『目が合った?』と思った瞬間。
襟元をぐっと開けた、鮮やかなオレンジ色の、ドレスを着こなした彼女は、いきなり悲鳴を上げて。
艶やかな黒髪を揺らしながら、ぎゅっと、ウィルフレッドの左腕にしがみつく。
驚いた顔の領主の右手が、少女の肩に、そっと触れた。
『あれっ、元村長の孫娘、ミアと領主様……⁉』
『おいおい、いいのか⁉ 抱き合ってるぞ!』
『ミアは昔っから、ウィルフレッド様に、夢中だったからなー!』
『他にもほれっ、どこぞのご令嬢と、ウワサになった事、あったよな?』
ミアの悲鳴が注目を集め、それを肴に、噂話に花を咲かせる、酔った村人達。
それ以上見たくない、聞きたくなくて、逃げるように立ち去ったけど。
まるで恋人同士のような、二人の姿が、茨の呪いのように、鋭い棘で、心を刺す。
「あんな華やかな、オレンジ色のドレス。わたくしには絶対、似合わない……」
村人達の反感を、買わないように選んだ、襟元を白いレースで飾った、落ち着いた鳩羽色の、今日のドレス。
くすんだ灰色がかった、薄い青紫色の、地味な自分のドレスを、シャーロットは、しょんぼり見下ろした。
ウィーズルの事件の時、
『きみが傷つくことが……世界中の何より、怖いよ』
力強い腕に抱きしめられて、耳元でささやかれた、ウィルフレッドの言葉。
思い返す度に、ラズベリーのような、甘酸っぱい気持ちで、胸がいっぱいになって。
ユナにも話さず、自分だけの宝物のように、こっそり心にしまっていた。
でも……
『わたくしだけを、気にかけてくださったと、思ったのに。
あれはただ、危ない事をしないように、いさめただけ……?』
そういえば、昔から。
お兄様やジェル兄様からもよく、似たようなことを、言われたわ。
『ロッティが迷子だって聞いて、心臓が止まるかと思った』
とか。
『もしお前を、傷つけるヤツがいたら、王族だろうと婚約者だろうと、海軍に強制徴募して、無人島に放置してやる』
とか。
……ジェル兄様、控え目に見ても、それは犯罪では?
令嬢なら誰でも、待ち望んでいたはずの、『プロポーズ』。
なのに、あのミアという少女の、挑発的な瞳が、脳裏から離れない。
もやもやした、疑惑の棘に、ちくちくと、心を苛まれて。
シャーロットは、ただ、うつむいていた。
頑なに目を合わせようともしない、公爵令嬢。
その肩に両手を置いて
「シャーロット……! きみ以外の誰かとなんて、考えたこともないよ!」
きっぱりと、領主は断言する。
「でも……」
「気になる事があるなら、はっきり言って?」
婚約者の問いかけに
「少し前に……見かけたんです。『ミアさん』と、一緒にいる所を」
シャーロットが、重い口を開く。
「ミア――? あぁ、声かけられて、ちょっと話したけど?」
「『話した』だけじゃなく……」
「ん?」
「抱き合って、ましたよね?」
思い切って、ずばりと、斬り込んだ。
「はぁっ――⁉ いやいやっ! きみという婚約者がいながら、そんなことする訳……」
あわてて、言い訳をする領主に
「わたくし、見ましたっ!
ミアさんが腕に、ぎゅっと抱きついて!
ウィルフレッド様が、優しく、肩を抱くのをっ……!」
返す刀でまた、ばっさり、斬り込む。
「肩……? あっ、思い出した! あれはミアが、蜂に驚いたんだよ! それをかばって」
「蜂ですって……?」
こんな、秋も深まった時期に飛ぶ、ミツバチ?
なんて貴重種ですことっ……!
「とにかく、誤解だっ!
あの子はそれこそ、生まれた時から知ってる、『妹』みたいなものだし……!」
必死に誤解を解こうと、何気なく告げた、領主の言葉。
それが公爵令嬢の、別の「疑惑」を、揺り起こす事になるとは、知らずに。




