ナイフ投げ
侍女がじっと、見つめる先にあったのは
「『ナイフ投げ』?」
前世のダーツのように、的に向かって、細いナイフを投げるゲーム。
満点を出すと、もらえる景品――ラベンダー色のリボンを首に結んだ、くるくる柔らかそうな銀色の毛と、紫色の丸い瞳が愛らしい『テディベア』――を、食い入るように見つめている。
「あのクマが、欲しいのか?」
従者の問いかけに、こくりと頷いて
「前世で持っていた子に、そっくり……」
「はい、いらっしゃい! ここから投げてね――線を越えたら、失格だよ!」
数枚の硬貨と引き換えに渡された、5本のナイフを手に、ミックが構える。
「頑張って――!」
ユナの声援を聞きつけて
「おっ、彼女が応援してるぞ――!」
「頑張れ、兄ちゃん!」
わらわらと、ギャラリーが寄って来た。
『集中!』
一瞬目を閉じて、前世の剣道の部活でつちかった、集中力を思い出す。
片足を引いて身構え、右手にはさんだナイフを、的に向かって、勢いよく放った。
「はい、残念賞―!」
店主から、小さな紙袋に入ったキャンディを受け取り、がっくり肩を落とす。
結果は、50点満点中25点。
「おしかったねー!」
ぱちぱちと、笑顔で拍手をするユナの隣で
「初めてにしては、まあまあだな」
「最初の踏み込みが、ちと甘かったんじゃないか?」
口々に解説を始める、ギャラリーたち。
その後ろから「失礼……」
「えっ、シャーロット様――!?」
公爵令嬢が淑やかに、歩み寄って来た。
「わたくしにも、やらせて頂けるかしら?」
にこりと微笑まれた店主は、顔を真っ赤にして叫んだ。
「もも、もちろんですー! 少々お待ちを――今すぐ的を、女性用に変えますので!」
真ん中の10点満点の部分が、倍以上大きな的を、取り出した店主に
「そのままで、結構よ?」
シャーロットは、爽やかに告げた。
みっちりと詰めかけた、ギャラリーが息を呑む中、ふわりと、線の中に立つ。
すっとナイフを持った左手を構え、シュッ、トン、シュッ、トン、シュッ、トン――!
次々と、流れるように、的に放った。
「満点……50点満点ですー‼」
的の中央にキレイに、放射線状に刺さった5本のナイフ。
ギャラリーから、どよめきと拍手が、わき起こる。
「お嬢様! さすがですーっ‼」
夢中で拍手をする侍女に、公爵令嬢はにっこりと、店主から受け取ったテディベアを、差し出した。
「はい、ユナ」
「えっ……えぇーっ⁉ そっそんな、頂けません‼ この子は、お嬢様の子です!」
慌てて辞退する様に、首をかしげて
「ユナが欲しがっていたから、頑張ったのに――受け取って貰えないなんて、悲しいわ」
しょんぼりと、肩を落とすシャーロット。
「なんて思いやりのある……さすがシャーロット様!」
「お嬢ちゃん――お嬢様のお気持ち、受けとってやれよ!」
男泣きする、ギャラリーのおじさんたちに、うながされて
「ありがとうございます、お嬢様。一生、大切にします……!」
嬉しそうに、こくりと頷く、主そっくりのテディベアを、ユナは思い切り、両手で抱きしめた。
ぽん……ぽん……ぽん。
あっけに取られて、一部始終を見ていたミックの肩を、ギャラリーや従僕仲間が、次々と叩いていく。
「ちょ、なんでだよ――全然、がっかりとかしてないし――やめろって! えっ、ミスター・アンダーソン!? ちょ、ジェルさんまで……‼」
尊敬する執事に加え、「負けても仕方ないさ。ロッティは俺の、一番弟子だからな?」鼻高々な、『フィッシュ・アンド・チップス』片手の海軍大尉にまで。
しみじみと、肩ポンされた従者は、
「は~っ……!」
と、地面に穴があくような、特大のため息をこぼした。




