侍女の日記1
◇◇◇
ここサウザンド王国では、結婚前の貴族のご令嬢が、おひとりで行動するなんて、あってはならないこと。
もしもそんな所を見つかれば、たちまち悪いウワサが広まり、大変な事に!
ですから、わたしが扉の影にいたのは、至極当然。
「決して! のぞいていた『だけ』ではありません……!!」
と、自分の良心と神に、言い訳しているわたし――こと、ユナ・マウサーは、シャーロットお嬢様付の侍女。
そして……転生者です。
ここはわたしが前世で、のめり込んでプレイしていた乙女ゲーム、『サウザンド ローズ~千本の薔薇をきみに捧ぐ~』の世界、そのもの。
そのことに、初めて気が付いたのは、10歳の時。
8年前に初めて、シャーロット様に、お会いした時でした。
まだ20歳の大学生だった時に、事故で亡くなったわたしを、神様があわれんで、転生させてくださったのか――しかも、こんな美味しいポジションに!!
と、目の幅の涙を流しながら、感謝の祈りを捧げたものです。
あっ、そこのあなた……引かないで!
これには、深―い理由が……。
『サウザンド ローズ(通称:千バラ)』は、親同士が決めた婚約者、ウィルフレッドに嫁ぐため、ヘア伯爵家(通称:兎穴)にやって来た公爵令嬢、シャーロットをめぐる、恋愛シュミレーションゲーム。
昔の英国がモデルらしく、王国全体を治める女王の下、貴族達がそれぞれの、領地と領民を治めている設定。
しかも、一般の乙女ゲームが『プレイヤー=シャーロット(主人公)』なのに対して、このゲームは『プレーヤー=侍女』なのです。(ちなみに侍女は、メイド職の一種。奥様やお嬢様のお世話が、メインのお仕事)
自分が主人公になって、攻略対象と恋をするのではなく、侍女となり、主人公の恋を、見守り助ける……これが、予想以上に楽しかった!
まるで親友の恋を応援する、ドキワク感と達成感。
さらに、わたしがはまった最大の理由が――ゲームのキャラ設定。
登場人物全員が、前世でめちゃめちゃ推していた、海外のボーイズグループメンバーに、似ていたから。
従兄弟ジェラルドが、歌もダンスも得意で、頼りがいのある、最年長リーダー。
婚約者ウィルフレッドが、二番目に年上の、甘い声とビジュアルを持つ努力家……でも、お茶目な一面もあるメンバー。
他のキャラも見た目だけじゃなく、それぞれ性格も似ていて、『まさか、制作スタッフに、ファンが?』と疑ったほど。
そしてなによりシャーロット様が――真面目でクールな美人さん。人見知りなのに、打ち解けると甘えたで、笑顔が愛らしい。
そのギャップが、他メンバーとファンのハートを打ち抜く、一番年下のメンバー――わたしの『最推し』に、似ていたから。
……申し訳ない! 軽く腐女子も、たしなんでました(てへっ)。
こちらの世界には、スマホもSNSも無いけど。
毎日目の前で、推しを見られる幸せは、何物にも代えがたい、喜びですっ‼
……いけない、また神に力説してしまった。
すぐ祈りポーズを取るせいで、『なんて信心深い子』と、勘違いされてるけど。
明日からはついに、推しカプ、『ウィルフレッド攻略ルート』が始まるわけだし――今まで以上に、気を引き締めていかないと!
シャーロット様の乳母でもある、わたしのおばあちゃんから聞いた話だと、ヘア家とウルフ家は昔から、領地境の川の利権をめぐって、争いが絶えなかったそうです。
(農業や畜産が盛んなこの時代、もちろん生活用水としても、水はとっても大切)
先代のご領主、シャーロット様のおじい様は、小競り合いの最中に負傷されて、それが元でお亡くなりに……。
今のご領主になられてから双方歩み寄り、まだ小さかったウィルフレッド様とシャーロット様のご婚約が、和平の証に結ばれました。
でもシャーロット様にとっては、おじい様の件でわだかまりもあるし、一度も会ったことのない婚約者と結婚なんて、不安しかないはず!
長期休暇を取ったジェラルド様も、護衛を兼ねて、同行されるけど。
わたしも全力で、お嬢様を支え、はげまし――『ウィルフレッドルート』を攻略せねば…!
興奮して眠れそうにないけど、今日はここまで。
おやすみなさい。
(ユナの日記より)
『推しカプ』=自分が推している、大好きなカップルの事です。




