侍女と従者
「あ、」
小間物屋さんの屋台に到着して、色とりどりのリボンやブローチ、レースの端切れや、ウサギの形をした香水瓶等を、わいわいながめていると、背後から聞き覚えのある声が。
「あ、」
ユナが振り返ると、林檎酒のビンを片手に、ミックが従僕数人と、通りかかった所だった。
「せっかくの収穫祭だし、二人で回れば?」
「そうそう。俺らはあっち見てくるから――」
にやにやと背中を押す、メイドと従僕仲間に
「ちょ、そんなんじゃないから!」
「そんなんじゃないって!」
二人で、声をそろえて否定するも、『はいはい』と聞き流されて、置いていかれる。
「……もう、起きて大丈夫なのか?」
少し気まずそうに、口を開いたミックも、いつもの黒スーツの制服ではなく、オリーブグリーンのジャケットに、カーキ色のハンチング帽をかぶっている。
「もちろん――あっ、お見舞いありがとう! メックのアップルパイ、めちゃめちゃ美味しかった‼」
半分以上ジェラルド様に、食べられちゃったけど。
「良かった……女子は、あーゆーの好きかなって」
嬉しそうに笑う、整った横顔を見て、ユナが思い出す。
「そうだ――ミックに、聞きたいことがあったの」
真面目な顔で、じっと見つめられ、
「なに?」
じわりと、耳を赤く染めた従者が、身構えると
「ミックの前世って、女子だったの?」
とんでもない質問が、ストレートに投げ込まれた。
「は――?」
「そうかそうか、だったら――たまには女子同士で、遊びたいよね?」
「ちょっと待て」
「あっ、さっきの小間物屋さんに戻る? 可愛いリボンとかアクセ、たくさんあったよ!」
「待て聞けっ! 何でそんな話に――」
「だって、『千バラ』ファンの男子って、SNSとかでも、見た事なかったし」
「ここにいるだろ――!」
「は?」
「前世も、『男子』です!」
「あ……そうなの?」
ぐったりした様子のミックに、『どうしたんだろ?』と首をかしげてから
「じゃあさ、誰『推し』? 『推しカプ』は?」
わくわくと、ユナは尋ねた。
「推しって、別に……」
困ったように泳がせた、ミックの視線が、ちらっと流れる。
その先にいたのは
「シャーロット様、かぁ……」
領主の腕に手をかけて、村人たちと談笑する、公爵令嬢の姿。
「残念……気持ちは、よーく分かるけど」
きみは、ウィルフレッド様には、かなわない。
「ちょ、その――慈愛にみちた、まなざしやめろ! 肩ぽんとかも‼」
「別に、すっ好きとか、そーゆーんじゃなくて」
ゆっくりと、お祭りのざわめきの中を歩きながら、従者がつぶやく。
「へー」
「心のこもってない、相槌もやめろ! そのっ――『感動』っていうか。すぐそこで、話して歩いて、同じ世界に存在している姿が、『奇跡』っていうか」
「わかる――!」
でも
「でもさ、『ミカエル・ドッゴ』も、『攻略対象者』だよね? わたしはまだ、ミカエルルートは、手つかずだったけど」
ミックこと、ミカエルのモデル(推定)は、三番目に年長の、子犬のような明るさと人懐こさと、時たま、かいま見える、闇属性のギャップが、魅力的なメンバー。
でも、目の前の従者からは、『闇』らしき気配は、さっぱり感じられない。
「いや俺も、ミカエルルートは未プレイだったし。それに見た目はともかく、中身はごくごく平凡な、日本の学生ですから――」
「どんなに好きでも、ぐいぐい行けないわけだ――?」
「だから、好きとかじゃ――」
堂々めぐりの会話に疲れ果てて、シードルを一口、ごくり。
「飲む?」
「いい……」
急におとなしくなった、侍女をうかがうと、とある催し物に、視線が釘付けになっていた。




