収穫祭
事件から二日後、ようやく復職を許されたユナを、待ち受けていたのは、
「え? 『収穫祭』、ですか?」
「そう、だから――今日もお休みよ!」
奥方の間の窓を、開け放ったシャーロットが、屋敷の前庭に魔法のように現れた、たくさんの天幕を、楽しそうに披露した。
中央の、ひときわ大きな天幕には、たくさんのパイやタルトにケーキ、スコーンやサンドイッチが並び、招待された村人たちが、お茶を楽しんでいる。
その周りを、はしゃいで駆け回る子供たち。
「輪投げにボウリング、人形劇、楽団や占いのテントまで……にぎやかですねー!」
淡いモスグリーンのドレスを着たユナが、声を弾ませる。
「懐かしいわね……?」
狼城でも今頃、両親と兄が、村人たちと祝っていることだろう。
落ち着いた、鳩羽根色のドレスに、日傘を手にした公爵令嬢が、目立たない場所から、周りを眺めていると
「あの――シャーロット様?」
リンゴのような赤い頬をした、一人のおばあさんが、声をかけて来た。
「はい……なんでしょう?」
ぎゅっと日傘を握り、緊張しながら、答えると
「お話、聞きましたよ!」
「侍女をかばって、ガラスまみれになられて」
「その上、銃を持った犯人に、立ち向かって行かれたなんて!」
「なんてお優しくて、勇気がおありなんだろう……!」
わっと、晴れ着姿の、老女の集団に囲まれて、口々に賞賛の言葉をかけられる。
「いや、まったく――狼城にもこんな、素晴らしいレデイがいたとは」
「我らがウィルフレッド様に、ふさわしい奥方様だ!」
輪の後ろでは、その夫たちが、満足気に頷いていた。
「大人気だな……さすがシャーロット!」
「ウィルフレッド様!」
あっけに取られていた、ユナが振り向けば、今日の晴れ渡った空のような、笑顔の領主が、
「ユナ、身体の方は、もういいのか?」
優しく、尋ねてくる。
「はい! 全然、元気です!」
「ウィーズルは昨日、首都の警察に連行されたから、安心していいよ」
「ありがとうございます。そういえば――ゴート卿は、どちらに?」
率先してお祭りを、楽しんでいそうな姿が見当たらず、ユナが尋ねると
「伯父上は――ウィーズルの正体に、気づけなかった事を、とても後悔されていて。せめてもの償いにと、犯人が捕まったことを、父と母に、伝えに行ってくれたんだ……これを機会に、父の記憶がすっかり、戻ってくれるといいんだけど」
心配そうな領主を、はげますよう、ユナはことさら、明るい声を出す。
「そういえば、シャーロット様から、お聞きしましたよ! 毎日遅くまで、お出かけだったのは、ご結婚に反対していた村の人たちを、説得してらしたからって……!」
一番の反対派だった元村長の家に、可愛い孫娘がいたことから、おかしなウワサが立ち、テリー伯父様の誤解の元に、なったワケだが。
「うん。狼城と、いさかいがあった頃を、覚えているお年寄りほど、反発する人が多くてね。でも、シャーロットの人となりを知れば、絶対に、わかってくれると思ってた!」
「おっしゃる通りです!」
村人達の輪に囲まれて、初めは、とまどっていた公爵令嬢も、今は花が咲くような笑みを浮かべて、一人一人に声をかけている。
「そろそろ、救出してくるよ」
輪に割って入って行った、ウィルフレッドが、シャーロットの肩を抱き寄せながら
「みんな、わたしの婚約者に夢中らしいね?」
にやりと笑って、周囲を見渡し
「決闘なら、受けて立つよ?」
どっと笑い声が、上がった後から
「よっ、ウィルフレッド様!」
「おめでとうございます!」
「シャーロット様、お幸せに……!」
わっと、ひときわ大きく温かな、拍手と歓声が、わき起こった。
一緒になって、思い切り手を叩いていた、ユナの耳に
「あっ、ユナ!」
「もう大丈夫なのー?」
聞き覚えのある、声が届いた。
それぞれ可愛いドレスを着た、エマやジェインたちが、手を振っている。
「うんっ! 全然、大丈夫!」
「良かった! あっちに、小間物屋さんが出てるから、一緒に見ない?」
誘われて、お嬢様の方をうかがうと、にこりと頷いてくれた。
「行く行くー!」
わちゃわちゃ、にぎやかに歩きながら、ユナはすっと、ジェインの隣に並んだ。
「お話、読んだよ……」
小声で、ささやく。
「えっ、もぉ?」
「うん。めちゃめちゃ――面白かった!」
「――ほんと?」
「ほんとっ! あの姫と王子が初めて出会うシーンとか、魔女の呪いで、姫の事を忘れる『とんちき王子』を、それでも愛して、試練を乗り越える、けなげなお嬢様――じゃなくて『お姫様』とか……もう最高! こんな名作、わたしが独り占めするの、もったいないよ‼」
早口で感想を、まくし立てたユナが、『はっ――まずい!引かれる‼』と恐る恐る、ジェインの顔に、視線を移すと
「あ、ありがと……そんなに、ほめられたの初めて。すっごく嬉しい!」
頬をほんわり染めた、はにかんだ笑みが。
「こっちこそ! あんな素敵なお見舞い、初めて。ホントにありがと!」
二人揃ってほっこり笑顔で、両手を握り合った。




