侍女の日記7
エマ達と入れ替わりに、シャーロット様とやって来た、おばあちゃん。
空になった、リゾットの器を手に
「食欲はあるようだね、良かった良かった! それじゃあ、これを返しがてら、お茶を頼んで来るから」
厨房へ向かう、おばあちゃんの背中を見送ったお嬢様が、枕元の木の椅子に、ふんわりと座った。
「具合はどう?」
「全然大丈夫です! 何なら、午後から仕事に――」
「いけません」
起き上がろうとした肩を、やんわりと押し戻される。
あきらめて、ベッドに横になる前に
「昨日は本当に、申し訳ございませんでした! 勝手に行動したせいで、お嬢様をあんな危険な目に――わたしは、侍女失格です!」
改めて、心から謝罪する。
あ、『侍女失格』って……昨日も言ったっけ?
「何を、言ってるの?」
白くて優しい、そして強い手が、わたしの左手を、ぎゅっと握った。
「確かにユナは、侍女だけど……わたくしのたった一人の、『お友達』でもあるのよ?」
だから、助けに行くのは当然でしょ?
「と・も……?」
壊れたロボット(というたとえは、もちろんこの世界にはない)のように、ぎこちなく見上げると、微笑んで頷く天使が……。
「も、もも、もったいないお言葉――きき恐縮ですーーっ‼」
思いがけないサプライズに、ドッカンドッカン……脳内で花火が、打ち上っている最中、
「よぉ、元気そうだな?」
男子禁制の女子使用人部屋に、ジェラルド様がナチュラルに、顔をのぞかせた。
「ユナも、妹みたいなもんだから――大丈夫だろ?」
のんきな声で、真っ白な布でおおった、お皿を差し出す。
「ほら、見舞い」
「えっ、ありがとうございます!」
そっと布を持ち上げると、中から現れたのは
「アップルパイ……!」
しかも、こちらの世界でおなじみの、大きなパイ皿で焼くタイプではなく。
細長いパイ生地で、フィリングをはさんだ……前世の、ファストフードの商品に、そっくりの!
「見てると冷めるぞ。食べてみろ」
うながされて遠慮なく、ぱくりとかじりつく。
サクサクの生地の間から、まだ温かい林檎が、ごろりとこぼれ出た。
「おいひぃ……!」
めちゃめちゃ懐かしい味に、涙目でぱくついていると
「それな、ミックから」
「は……?」
ジェラルド様の口から、思いがけない名前が。
「料理長に頼み込んで、作ってもらったらしいぞ」
その代わり、今日はあいつが『薪割り担当』だと、笑う従兄弟に
「ミックって、ウィルフレッド様の従者の?」
まるで小動物のように、アップルパイを両手に持ったシャーロット様が、小首をかしげる。
「そうだ、ミカエル・ドッゴ」
「昨日も思ったのだけど――いつの間に、そんなに仲良くなったの?」
じっと、バイオレット・サファイアのような瞳で、見つめられ
「いっいえ! 仲良くなんて、なってませんっ! そのっ――たまたま犯人が書斎に入る所を、たまたま一緒に見つけただけで……‼」
早口で言い訳をする、侍女で友達のわたし、ユナ・マウサーを見て、楽しそうに目を細めるお嬢様。
「シャ、シャーロット様こそ、あんなに――ご自分の命をかけるくらい、ウィルフレッド様から、想われてらして!」
「命って……おおげさよ、ユナ」
ほんわりと頬を染めた、お嬢様の言葉を
「大袈裟じゃないです!」
「うん――確かにあれは、命がけの顔だった」
わたしとジェラルド様が、そろって否定する。
「そういえばあのとき、心臓の音が聴こえたわ……」
ぽつりと、シャーロット様が、呟いた。
「心臓――ウィルのか?」
「えぇ……すごく大きな音で。どくどくと早く鳴っていて――それを聴いて、思ったの」
「何を、ですか?」
「ひょっとしたら、この人は本当に――わたくしの事を、少しは、好きなのかしら――って」
恥ずかしそうに、うつむいて、やっとの思いで、しぼり出した告白を
「いや、あれは――『少し』どころじゃないだろ! あいつ酔うと、『ノロケ大会』始めるぞ!」
「だって、あの方……わたくしの事、からかってばかりで」
「あれは、照れ隠しです! ジェラルド様、その『ノロケ大会』、もっと詳しく!」
情緒0(ゼロ)のジェラルド様とわたしに、またきっぱり、否定されて
「……もう二人には、何も話しませんっ」
すっかり、おへそを曲げてしまったお嬢様。
最後は三人で、大笑いして。
「おやまあ! ベッドが、パイのカケラだらけ――何ですか、お嬢様もジェラルド様もユナも、子供みたいに……!」
戻って来たおばあちゃんに、そろって叱られて……。
どうかこんな日が、いつまでも、続きますように。
……わたしをここに連れてきてくれた神様、聞こえてますか?
(ユナの日記より)




