犯人の正体
オフホワイトのドレスのすそを揺らし、ゆっくりと、犯人に向かって歩きながら、シャーロットは語りかけた。
「それにしても伯父様が、そんなに身軽でいらしたなんて――驚きですわ! まるでサーカスにでも、いらしたかのよう」
まるで社交場で、談笑でもしているかのように、にこやかに話しかけながら。
後ろ手で、すっと右の袖口から取り出した短剣を、左手に隠し持つ。
『大丈夫、5分間。5分間だけ、持ちこたえれば……』
「ははっ、サーカスか――お嬢様のくせに、面白い事言うな?」
機嫌よく、笑い声を上げる犯人まで、およそ3メートル。
周囲が、息を呑む中で、
「おそれいります」
立ち止まった公爵令嬢は、にこりと微笑み。
まるでそこが、女王陛下の御前であるかのように、ドレスのスカートを両手で押さえ、優雅にカーテシー……おじぎをした。
周りの誰もが、犯人さえも見惚れた、その時
「ダメだ――シャーロット‼」
ドアから飛び込んだ領主が、必死に腕を伸ばし、自分の背中が盾になるように、婚約者を抱きしめた。
「ウィルフレッド様――!?」
金の髪を乱し、ぎゅっと、身体全体で守るように、おおいかぶさってくる、長身の領主。
「なんだ、伯爵様か……ジャマだ!そこをどけ‼」
荒ぶる犯人の声に
「誰がどくか――!」
さらに強く、腕の中に、シャーロットを抱きしめる。
いつもの黒い上着に、ぎゅっと、押し当てられた頬。
森の中に似た香りが、微かにする、温かな腕の中。
どくどくと高鳴っているのは、わたくしの心臓?
それとも……。
「ウィルフレッド様、このままでは、危険です! 一旦、離して……」
少し震える声で、訴えると
「怖い?」
耳元で、問いかけられた。
「えっ……?」
思わず見上げた、シャーロットの瞳が、優しく見下ろす、懐かしい、青灰色の瞳と出会う。
「わたしは、怖いよ? きみが傷つくことが……世界中の何より、怖い」
静かに告げた後、きりっと顔を上げた領主は、犯人に向かい、きっぱりと宣言をした。
「絶対に、離さない……!」
「なら――親父と同じ目に、合わせてやるよ‼」
激昂した犯人が、領主の背中に、銃を向ける。
ダーーンッ……‼
銃声が響く中、ぎゅっと祈るように、固く、固く目をつぶった、公爵令嬢の耳に
「シャーロット」
優しく、愛おし気に、名前を呼ぶ声が届く。
「ウィルフレッド、様……?」
「うん」
「おケガ、は――?」
「大丈夫。見てごらん」
領主の腕に支えられ、視線を向けた先には、右腕から血を流して、机からすべり落ちた、犯人の姿が。
「痛ぇ……さわんな! 医者だ――早く医者、呼んでくれよぉ‼」
「うるさい! そんなの、かすり傷だ! おとなしくしろ‼」
従僕たちに、二度と逃げられないよう、手足を縛られている。
そして、割れた窓ガラスの間からのぞく、犯人を狙ったライフル銃。
その細長い銃身を、ひょいと持ち上げて
「悪い、ロッティ――5分半、待たせちまったな?」
窓越しにジェラルドが、にやりと笑った。
「おやおや……『おかしな知らせ』が気になって、帰ってみたら――これは一体、なんの騒ぎだ?」
そこへひょっこりと現れたのは、白いヒゲに顔の下半分が覆われた
「テリー伯父様……!?」
テレンス・ゴート卿。
「『ゴート卿は確かに、そちらをご訪問中ですか?』と、ここの執事からレミントン卿に、問い合わせが来てな?」
いぶかしげに、首をひねっている。
「じゃあ、こいつは?」
「あっ、これ『付けヒゲ』だぞっ!」
「髪は『カツラ』だ――!」
ヒゲをもぎ取られ、カツラを外され、顔のメイクを、拭い取られた『犯人』の正体は……
「なんと、お前は――ウィーズルではないか!」
右頬に、目立つホクロがある顔をゆがめた、ゴート卿の従者。
そして
「思い出した――おまえ、ウィルの親父さんを、殺そうとした犯人だなっ!?」
最後にジェラルドが、きわめつけの、証言を叫んだ。




