大ピンチ
気が付くとユナは、口元は布で、手はヒモで縛られ、書斎の隅に転がされていた。
やばい……テリー伯父様を、完全に見くびっていた!
わたしがここにいる事は、誰も知らないし。
すうっと、身体が冷たくなって、縛られた指先が震える……怖い。
怖い。
「くっそーっ! どこにあるんだよっ⁉」
いらだった声に続いて、ガンッと何かを蹴る音。
反射的に、ビクッと身体をすくませながら
『あれっ……? こんな事、前にもあった?』
どこかで、既視感をおぼえる。
『だーかーらぁ! お前、ちゃんと人の話、聞いてんのかよっ⁉』
そうだ、あれは――前世のバイト先、『デパート』で。
カウンターを蹴って、脅すように叫んで来た『クレーマー』。
まだ経験値ゼロの、バイトを始めたばかりの頃。
返事も返せず、恐怖と悔しさに、押しつぶされそうになったとき
『申し訳ございません! この子はまだ新人で……わたしが代わりに、うけたまわらせて頂きます!』
さっと前に出て、かばってくれた先輩。
『貴重なご意見、誠にありがとうございます。よろしかったら、あちらでぜひ! くわしく、拝聴させてください』
とぼけた顔でさり気なく、相手を連れ出してくれた、フロアマネージャー。
『大丈夫? 怖かったよね?』
『仕事終わったら、美味しい物食べに行こう!』
心配してくれた、バイト仲間たち。
皆がいてくれたから、『もう少しだけ、頑張ってみよう』って、前を向けた。
最初は手さぐりでも、また失敗しても、ちょっとずつ進んで、レベルを上げて。
後輩が困っていたら、今度はわたしが、前に出て。
前世でも今世でも、いつでも何とか、乗り切ってきた。
だから……今度もきっと、大丈夫。
顔をそっと上げて、様子をうかがうと、伯父様――様付けなんてムカつく! お前なんか『犯人』で十分だ‼――もとい犯人はまた、あちこち引っかき回している。
「くっそーっ! どこにあるんだ!?」
いらだちで歪んだ声は、やっぱり、まるで知らない人のよう。
『いつもの「陽気な伯父様」は演技で、こっちが本性――ってこと?』
すっと背筋に、冷たい物が走ったとき、コン……頭の上から、かすかな音がした。
なるべく物音を立てないように、ゆっくりと身体を起こす。
そっと見上げた先にあったのは、窓ガラスを外から、小さく叩く、人差し指。
そして、ガラスの隅には、うっすらと書かれた『S・H』の文字が。
さっき話したばかりの、この世界では誰も知らない――『名探偵』の頭文字。
『ミックだ……ミックが見つけてくれた!』
ほーっと、安堵と嬉しさに、肩から力が抜けたとき
コンコン……今度は書斎の扉が、外からノックされた。
「テリー伯父様……! こちらにいらっしゃいますよね? シャーロットです。大切なお話がございますの!」
落ち着いた声が、扉をはさんで語りかけてくる。
『お嬢様――!? 来ちゃダメです!』
まだスムーズに動かない足で、ダンダンと床を蹴りながら、うめき声を上げて、何とか危険を、知らせようとする。
「大人しくしろっ!」
あわてて叫んだ、犯人の声を聞きつけて
「やっぱり、いらっしゃいますね? あらっ、カギが……?」
「だれか――! ミスター・アンダーソンを呼んで、合鍵を!」
公爵令嬢の指示を聞き、
「くそっ! 今度こそ邪魔が入らないように、鍵をかけたのに!」
毒づいた犯人は、上着のポケットからすらりと、鈍く光る、ナイフを取り出した。
「いいか? 騒ぐと――大事なお嬢様の、命が無いぞ?」
侍女にすごんだ後、ナイフを右手で隠し持ち、左手でゆっくりカギを開ける。
扉を細く開いて、優しい声で
「お入り、シャーロット」
「ありがとうございます、伯父様――まぁ、ユナ! どうしたの!?」
驚いた声を上げ、侍女にかけ寄る公爵令嬢の後ろで、カチャリと、すばやくカギをかける音が響いた。
ドレスの上にまとった、藍色のマント姿で、ユナの前にひざを付く、シャーロット。
「シャーロットや――ようこそ」
開かずの扉の前で、犯人がにやりと笑ったとき、
ボーーーン……!
玄関ホールのグランド・ファーザー・クロックが、1回鳴った。




