侍女の怒りと失言
「アバンチュールも恋人も、どちらも最悪です!」
怒りに震え、地をはうような声が、公爵令嬢の呟きに答えた。
「ユナ……?」
「まぎらわしい事をされた、ウィルフレッド様にも――少しは責任が、あるかもですけど。
お嬢様にあんな、ひどい憶測を、いかにも正論のように話すなんて……ゴート卿は、デリカシーが無さすぎです!
しかも何で、『慰め=女性』って、決めつけるんでしょう!?
サウザンド王国、いえ、全世界の女性に、謝って頂きたいです‼」
フーフーッと、毛並みを逆立てて怒る、ネコのような侍女の姿に
「ユナったら……」
くすりと、悪い憑き物が落ちたような、笑い声が出た。
「テリー伯父様も、悪気があって、お話した訳ではないのよ」
「そう――ですか?」
「貴族の結婚は、たいてい親が決めるもの。だから愛情の無いご夫婦も、いるでしょうし。他に恋人を、作られる方も……」
奥方の間へと、階段を昇りながら、シャーロットが低い声で語ると
「でも、狼城の領主様と奥方様、こちらの前領主ご夫妻のように、仲のよろしいご夫婦も、たくさんいらっしゃいます!
お嬢様とウィルフレッド様も、きっとそうなられます‼」
きっぱりと、ユナが断言する。
「そうなれたら……いいわね」
夢を見るように、紫の瞳を細めてから
「あっ! わたくしったら――ミセス・ジョーンズに、『今夜は、伯父様の夕食はいらない』事を、まだ伝えてなかったわ!」
はたと、気が付く。
「では、わたしが伝えて参ります!」
「ありがとう、ユナ――よろしくね」
「はいっ!」
階段を足早に降りて行く、侍女の背中に、
「本当に……ありがとう、ユナ」
あなたがいてくれて、よかった……。
想いを込めて、公爵令嬢は、ささやいた。
使用人棟に向かうため、モーニングルーム(居間)から裏庭に出たところで、ユナの足がぴたりと止まった。
「ハルー! ナツー!?」
「どこだー、ナツーッ!」
「ハルちゃーん……怒ってないから、出ておいでー!」
10人程のメイドや従僕が、口々に、子ウサギ達の名前を呼びながら、庭の茂みや木の影、庭師の道具小屋等を、探している。
「ジェイン――どしたの?」
顔見知りのメイドに、尋ねると
「ユナ! ねぇ、ハルとナツ、見なかった!?」
あわてた声で、聞き返される。
「見てないけど――逃げちゃったの?」
「そーなの……誰かが小屋のカギを、かけ忘れたみたいで」
はぁ~っと、ため息をついて、
「ユナは? どこ行くの?」
「ミセス・ジョーンズに、お嬢様からの伝言を伝えに」
「あ、それ私が伝えてあげる! その代わり、お屋敷の中を一応、探してみてくれない?」
「いいの?──了解!」
そのまま侍女は、屋敷内に戻り、迷子のウサギ探しを始めた。
とは言っても、重い扉がきっちり閉まっている部屋ばかりで、子ウサギが入り込む隙間は、ほとんど無さそうだ。
玄関ホールの隅や階段裏を、そっとのぞいていると、すっと人影が、ホールを横切った。
足早に通り過ぎる、その横顔は――顔の下半分を白いヒゲに覆われた
「ゴート卿……?」
少し前、シャーロット様と、見送ったばかりの『テリー伯父様』だった。
「今の……」
「『ゴート卿』、だな?」
耳元で呟かれて、ひゃっと振り向けば、すぐ後ろにウィルフレッドの従者、ミカエル・ドッゴが。
不審そうに、『テリー伯父様』が入った、書斎の扉を、見つめていた。
「今日は午後から、レミントン卿を、ご訪問の予定――でしたね?」
「は、はいっ……! 先ほど、お見送りしたばかりです」
少し気まずい思いで、ユナは返事を返す。
昨夜の食堂で、『ビッグメック』について、聞かれそうになったとき、『お嬢様が呼んでるから!』と、逃げてしまったから。
「出かけるふりをして、戻って来られたのか?」
「そうですね……それとも」
「それとも?」
「ゴート卿は、実は『双子』だった──とか?」
ユナの推理に、ふっと、笑いをこぼすミカエル。
黙っていると冷たい印象の、整った顔立ちが、笑うと急に、子犬のようになる。
「確かホームズに、そんなトリック、あったっけ?」
「えっ――『シャーロック』に!? そんなエピ……」
はっと、口を押さえた時は、遅かった。
「うん──原作にも、ドラマにも、そんなエピソードは、なかったね?」
この世界には存在しない『名探偵』の名を、つい口走ってしまった侍女に、ハシバミ色の瞳を細めた従者は、にやりと笑い返した。




