伯父様の砲弾
「今日は、レミントン卿を、訪問しようと思っておる」
晩餐会の翌日、昼食を取りながら、『テリー伯父様』ことゴート卿が、甥っ子とその婚約者に、午後の予定を伝えた。
レミントン卿はゴート卿の友人で、ヘア・ホールから馬車で15分程の屋敷に、長年住む老紳士。
「それはいいですね! あちらも喜ばれるでしょう」
ウィルフレッドの言葉の後、食堂に入って来た、ゴート卿の従者が
「御前様、レミントン卿からお返事が」
右頬のホクロが目立つ顔を下げ、うやうやしく、銀盆に乗った手紙を差し出した。
「『ぜひ、晩餐も一緒に』との、お誘いだ」
嬉しそうなテリー伯父様に
「良かったですね! ゆっくりして来てください」
「どうぞ楽しんでらして! ミセス・ジョーンズには、わたくしから伝えておきます」
笑顔で答える二人。
「ありがとう、ありがとう。今夜は邪魔者は、おらんからな――二人きりで、晩餐を楽しむといい」
伯父様は、片目をつぶってみせた。
「シャーロット、ごめん。伯父様がいらしてる間は、ガゼボでの昼食会も出来なくて」
出がけに、玄関前の車寄せで、謝罪をする領主に
「ウィルフレッド様が、謝ることではありませんわ!」
きっぱりと、首を振る。
「ありがとう。その代わり、今夜は早く帰るから――待っていてくれる?」
「まぁ……はい! 楽しみにしております」
笑顔になったシャーロットを見て、嬉しそうに
「それから父と母に、花をありがとう。わたしの部屋にまで」
「……ご存じでしたの?」
昨日そっと、ミセス・ジョーンズに頼んで、小さな花瓶に活けた花を、領主の寝室にも、飾ってもらったのだ。
「もちろん! ロッティみたいに良い香りがして、昨夜はぐっすり眠れたよ」
にっこり言われて
『また、からかわれた……!』
真っ赤になった頬を、ごまかすように
「そっ、それは、ようございました――お気をつけて、いってらっしゃいませ!」
早口で、公爵令嬢は告げた。
「うん、行ってくる」
黒い愛馬にまたがり、馬上から手を振る婚約者。
手を振り返し、なぜか弾む心で、遠ざかる背中を見送っていると
「おや――ウィルは今日も、出かけたのか?」
外出着を着たゴート卿が、現れた。
「はい。毎日午後には、お出かけになります」
「毎日……? 帰りは?」
「そうですね――おおよそ8時から10時頃、でしょうか?」
なので仕方なく、夕食をひとりで、済ます日のほうが多い。
シャーロットの答えに、伯父様は眉根を寄せ、あごヒゲをなでながら、考え込む。
「あの――それが何か?」
「うむ……シャーロットや」
「はい」
甥っ子の婚約者を、困り顔で見つめ
「ウィルを、許してやってくれ」
伯父様は、思いもかけない言葉を、告げた。
「わたくしが、許すって――何を、でしょうか⁉」
驚いて、問いかけると
「うむ……」
しばしヒゲをなでてから、ゆっくりと話し出す。
「急に父親が倒れ、領主を継ぐことになって、ウィルも大変だったんじゃ。そんな時に、慰めを、求めたくなることが――男には、しばしあってな?」
「『慰め』……?」
意味が分からず、首をかしげたシャーロットに
「うむ……何というか、その……『女性』に、だな?」
口ごもりながらゴート卿は、特大の砲弾を落とした。
「ウィルフレッド様に、恋人が……?」
呆然と呟いた、公爵令嬢の言葉を
「いや! 恋人ではない、と思うぞ! その――いわゆる、一時のアバンチュール、というかだな?」
あわてて打ち消す、テリー伯父様。
『「村の方には行かないように」って、そういう事だったの?』
「とにかく、わしからウィルに、良く話しておくから……シャーロットは何も、心配せずとも良いからな!」
きっぱりと言い切り、馬車に乗り込む。
「では、行ってくるぞ、シャーロット」
中から、声をかけられ
「はい、いってらっしゃいませ」
反射的に、おじぎを返す。
ゆっくりと遠ざかる、馬車を見つめながら
「『アバンチュール』って……恋人よりも、ましなのかしら」
ぽつりと、公爵令嬢は呟いた。




