伯父様と晩餐会
「大変、お待たせいたしました――はじめまして、ゴート卿。シャーロット・ウルフにございます」
急いで身だしなみを整えたシャーロットが、客間で待っていた来客に、淑やかに挨拶をした。
「おぉ……これは、美しい! いやいや、『ゴート卿』なんて他人行儀な――『テリー伯父様』と呼んでおくれ。まったくウィルは、幸せものだ!」
感嘆の声をあげる、初老の紳士。
顔の下半分をおおった、真っ白なヒゲを、満足そうになでている。
「申し訳ございません、ウィルフレッド様は、外出されておりまして」
シャーロットの謝罪を聞いて、執事が注いだシェリー酒のグラスを、口に運びながら
「いやいや、謝ることはない。色々と、忙しいんだろう? 何といっても――明日は二人の、結婚式だからな!?」
『テリー伯父様』は、陽気な笑い声をあげた。
「……ごめん、シャーロット。手紙が行き違いになって、伯父上は、式が延期になったことを、知らなかったそうだ」
出先から、あわてて帰って来たウィルフレッドが、婚約者に頭を下げる。
「実は、父がケガをしたのが、滞在中の伯父上の屋敷から、ひとりで出かけた時の事で。責任を感じられて――『両親の分まで結婚式は、わしが仕切らねば!』と、張り切ってらっしゃるんだ」
「ウィルフレッド様が、謝ることではありませんわ」
怒るどころか、くすりと笑みをこぼしたシャーロットに、領主が不思議そうな顔を向けると
「『いたずらっ子』で、いらしたんですね?」
「え?」
「伯父様から、お小さい頃のお話を、うかがっておりました。
兎小屋で眠ってしまって、翌朝見つかるまで大騒ぎだったこと。ギャラリーの肖像画に、ヒゲを描きまくったこと。子猫が入った木箱が、川で流されているのを、助けようとして溺れかけたこと。それから……」
「ごめん――もう、かんべんしてください」
額に手を当てて、うな垂れた領主に
「実は……わたくしも乳母たちに、『たいそうお転婆だった』と、言われております」
秘密をささやくように、伝えると
「じゃあ……『ロッティの武勇伝』も、後で教えて?」
婚約者は、いたずらっ子の笑顔で、ささやき返した。
いつもは簡単に済ます夕食だったが、今夜は来客を迎えての『晩餐会』。
こちらに到着してから初めて、シャーロットは、夜会用のドレスを身に着けていた。
乳母と侍女が二人がかりで、ドレスを着付け、髪を整える。
レースやフリルで飾られた、オフショルダーの、ライラック色のドレス。
銀色の巻き毛を肩に垂らし、ドレスに合わせた髪飾りと、真珠のネックレスにピアスを付けて。
白いかすみのようなショールを、ふわりと腕にかけて、シャーロットは、階段を降りて行った。
ホールで待っていたウィルフレッドが、顔を上げる。
兎穴の領主も、初めての正装姿……黒のテールコートと白い蝶ネクタイ、銀の刺繍が入ったグレーのベストを、身に着けていた。
「――お待たせしました」
見慣れない姿に、どきりとしながら声をかけると、目を見開いたまま、固まっていたウィルフレッドが
「すごく、キレイだ……」
うっとりと呟いて、右手を差し出す。
ぴょんっと、子ウサギみたいに、はね上がる心臓。
ふうっと深呼吸をしてから、差し出された手に、左手を重ねる。
「――ありがとうございます。ウィルフレッド様も」
「うん?」
「ステキ、です……」
うつむいて、小さな声で伝えた途端、重ねた手が、ぎゅっと握られた。
「……くやしいなぁ」
「はい?」
思いがけない言葉に、顔を上げると
「このドレス姿が、『テリー伯父様』のためだなんて――でも」
ささげ持った左手に、手袋越しのキスを落として、片目をつぶる婚約者。
「こんなにキレイな、ロッティが見られた事は、伯父上に感謝――だな?」
「ウィルフレッド様……!」
頬を真っ赤に染めて、さらに愛らしさを増した公爵令嬢を、
意気揚々(いきようよう)と領主は、晩餐会の席に、エスコートした。




