『時のはざま書店』にようこそ3
~13年後・シャーロット26歳の夏~
ヘア伯爵邸(兎穴)の正面玄関に、
「ただいまーっ!」
と元気な声が響いた。
ダダッと勢いよく階段を昇り、奥方の間に飛び込んで来たのは、
「ただいま、お母様っ……!」
肩までの金色の巻き毛に、灰色がかった青い瞳。
濃い水色のドレスに、揃いの帽子姿の少女。
「おかえり、フローレンス」
にっこり出迎えたのは、奥方のシャーロット。
しぃーっと人差し指を立てて、
「テリーが寝てるから、静かにね?」
ぱっと両手で口を押さえながら、傍らの揺りかごを見下ろす、フローレンスことフローラ。
中では生後半年の弟――テレンスが、すやすやと眠っていた。
「ただいまテリー、お姉様が帰って来たわよ……」
こっそり小声で報告していると
「ただいま奥方! それに次代伯爵はご機嫌いかがかな?」
現ヘア伯爵でシャーロットの夫、ウィルフレッドが踊るように入って来た。
「しーっ、お父様! テリーはお昼寝中よ!」
愛娘に注意されて、慌てて両手で口を押さえる――フローラにそっくりの仕草に、くすくすと奥方が笑いだす。
「ロッティ……きみは今日も、何て愛らしいんだ」
素早く絨毯の上に片膝を付き、奥方の右手を取って、うっとりと見上げる父と、
「まぁ、ウィルったら」
ほんわり頬を染めて、嬉しそうに見下ろす母。
その姿を見てフローラは、「あっ!」と思い出す。
「あの本の挿絵にそっくり……! あのね、さっき本屋さんで、不思議な妖精さんに会ったの!」
「『妖精』?」
首を傾げた母と
「本屋のどこで? わたしは見てないぞ」
不思議そうに問いかける父。
「2階で待ってたとき。ご本を読んでくれてお話したの。
でもお父様に『フローラ、大丈夫かい?』って声をかけられて。
『はーい』ってお返事して振り帰ったら、消えちゃった!」
「初めて入った書店だったから念のため、従僕のリックにドアの外を見張ってて貰ったんだ。
良く知ってる通りなのに、あんな店があったなんて、今まで気が付かなかったな。
わたしたちの他にはお客は誰も、いなかったはずだよ?」
首を傾げるウィルフレッド。
シャーロットは、愛娘に優しく尋ねた。
「どんな『妖精さん』だったの?」
「銀の髪に紫の瞳、お母様にそっくりの。でもわたしより少しだけ大きい、お姉様だったわ!」
フローラの答えを聞いて、13年前の夏が瞬時に、シャーロットの脳裏に蘇って来た。
◇◆◇◆◇
結局2階を隅から隅まで探しても、あの『フローラ』は見つからず。
「どこにもいないぞ」
「夢でも、見てたんじゃないのか?」
と兄2人に聞かれて、
『やっぱりあの子は、『妖精』だったのね?』
と確信した時。
「ここは『時のはざま書店』。時を越えて不思議な出会いが、起こる場所です」
ベルに呼ばれて出て来た店主が、本を包みながら、控え目に声をかけて来た。
真っ白な髪をふわりと撫でつけ、インクのように黒い左目、右目には片眼鏡。
黒いスーツにネクタイ――すらりとした、黒づくめの。
少年にも年寄りにも見える、年齢不詳の店主。
「時のはざま……?」
「はい。いずれどこかで、その方とは再会出来ましょう。
お買い上げありがとうございました」
にこりと、シャーロットに笑いかけ
「またのお越しを、お待ちしております」
頭を下げた瞬間に、モノクルの隙間から赤い瞳と、髪の間から先のとがった妖精の耳が、垣間見えた気がした。
◇◆◇◆◇
「お母様……?」
ちょんと首を傾げて、見上げてくる愛娘。
「ありがとう。あなたの言った通りだったわ、フローラ?」
いつか本棚にある『フェアリーテイル』を見せてあげよう。
その時この子は、どんな顔をするかしら?
不思議そうに首を傾げた、フローレンス・ヘア伯爵令嬢の、ぷっくり柔らかな頬を両手で包んで。
シャーロット・ヘア伯爵夫人は、愛おしそうに笑いかけた。
「『時のはざま書店』にようこそ」完結しました。
時を越えたシャーロットとフローラの出会い、不思議な書店の雰囲気と一緒に、楽しんで頂けたら嬉しいです♪
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