『時のはざま書店』にようこそ2
「わあっ……!」
螺旋階段を昇った先には、秘密の隠れ家めいた、小部屋が広がっていた。
1階の2/3程の広さの部屋。
こちらにも背の高い本棚が、ずらっと壁際に並び。
奥手には2人掛けのふっくらしたソファと小さなテーブル。
その背後の扉が店舗と、倉庫や私的な空間を隔てている。
ジェラルドが言った通り、他には誰も見当たらない。
「独り占めするのが、もったいないくらいね」
本棚の背表紙を眺めながら、シャーロットはふふっと楽しそうに呟いた。
1階とはジャンルの違う小説や詩集や童話など、思わず手に取りたくなる本が、次々と並んでいる。
「『フェアリーテイル』……妖精が出て来る『おとぎ話』かしら?」
キレイな挿絵付きの本を見つけ、ゆっくり見分しようと向かった、奥のコーナー。
「あらっ――?」
誰もいなかったはずのソファに、小さな女の子が、ちょこんと座っていた。
金色の肩までの巻き毛に、灰色がかった青い瞳。
濃い水色のドレスに揃いの帽子を被った。
いかにも上流階級らしい、5、6歳くらいの少女。
『まるで、お人形みたい!』
こちらに気が付いて、丸くなった瞳に。
シャーロットは、にこりと笑いかける。
「こんにちは」
ぽかんと、こちらを見上げながら
「こんにちは、フローラです」
と小さな声で、それでも礼儀正しく答えた少女が、
「あのっ、あなたは妖精さんっ?」
一転、わくわくと聞いてきた。
「妖精? どうして、そう思うの?」
思わずくすりと笑いながら、シャーロットが尋ねると、
「だってさっきまで、誰もいなかったのに。ぽんって魔法みたいに――それに、とってもキレイだわ!」
小さな両手をぎゅっと握って、フローラは一生懸命答えた。
『魔法みたいに現れたのは、あなたの方だけど?』
心の中で首を傾げながら。
全身でドキドキワクワクしている、小さなフローラを、ガッカリさせたくなくて。
「他のひとには秘密よ?」
シャーロットはわざと声を潜めて、『しーっ!』と人差し指を口に当てた。
「フローラは、誰と一緒に来たの?」
まさか、1人じゃないわよね?
「お父様と! 向こうで、お店のひとと会ってるの」
奥の扉を指さす少女。
保護者同伴なことにホッとして、
「じゃあ、お父様のご用が終わるまで、一緒にご本を見ましょうか?」
フローラ限定の妖精は提案した。
「……そして呪いが解けた王子様と、妖精のお姫様は結婚して、いつまでも幸せに暮らしました」
「良かったー! 結婚出来て!」
シャーロットが読み聞かせたお話に、ぱちぱちと嬉しそうに拍手をするフローラ。
「このお話みたいに、好きな人と結婚出来たら――幸せよね?」
思わずぽつりとシャーロットの口から、本音が転げ落ちた。
「『好きなひとと』?」
ことりと首を傾げて見上げて来る、幼い瞳。
「なっ何でもないわ! さぁ次のお話、読みましょうか?」
慌ててページを捲るシャーロット。
「あのね。お母様も『かたき』のお父様に、お嫁に来たの」
その手を止めるように、フローラがそっと口を開いた。
「えっ? 『仇』……?」
驚いて尋ねると、こくんと頷いて。
「でもね、今はとっても仲良し!
『お父様もフローラも、世界で一番大好きよ!』って言ってくれるの!」
ぱあっと、明るい笑顔で告げられた言葉。
その瞳が声が、キラキラと、シャーロットの胸の中を照らす。
まるで、妖精の呪文のように。
「そう、なの?」
だったらわたしも、もしかしたら……?
『ヘア伯爵家でも、仇の家でも――幸せになれるかしら?』
すぅっと流れ星のように、胸に落ちて来た、ほのかな『希望』。
それを逃がさないよう、両手で押さえた時、
「おーい、ロッティ! 本選んだか!?」
と、1階からイーサンの呼ぶ声が。
急いで螺旋階段に駆け寄って、
「はーい! 今行きます!」
と答えてから、ソファの方を振り向くと。
「あらっ……フローラ?」
そこには誰もいなかった。
ぽつんとテーブルに置かれた、『フェアリーテイル』の本を手に取って。
「フローラ……あなたが本物の、妖精さんだったのね?」
大切そうにそっと、シャーロットは抱きしめた。
こんな本屋さんがあったらいいな………という憧れを詰め込んだ、『時のはざま書店』です。
明日完結します。




