【番外編15】静かで輝く夜明けに1
今回は短めの、全2話。
タイトルは『Silent Night(きよしこの夜)』の歌詞『all is calm, All is bright』から。
明日、後編を更新します。
12月のある寒い夜。
夜明けにはまだ、ほど遠く。
ヘア村の村人たちは皆、温かな毛布にくるまり、夢の中にいる頃。
ヘア伯爵邸(兎穴)の窓には、煌々と灯りが輝いていた。
時折ばたばたと、上り下りする足音が響く階段。
家政婦やメイド達の声が、微かに漏れ聞こえる、2階の『奥方の間』。
そこから離れた1階の、しんと静かな一画にある領主の書斎。
そこでは4人の男性が、神妙な面持ちでテーブルを囲んでいた。
それぞれ手にしているのは、数枚のトランプのカード。
「ほら、ウィル――お前の番だぞ!」
義理の兄イーサンに促され、ドアの外を気にしていたこの部屋の主、ウィルフレッドが、不安そうに尋ねる。
「今、声がしなかったか? ロッティの……」
「あれは、風の音だ」
そわそわと立ち上がりかけた領主の腕を、反対側に座る義理の従兄弟ジェラルドが、ぐいっと引き戻した。
ついでにテーブルから、夜食のローストビーフサンドを取り、大きな一口でぱくり。
「美味いっ――胡椒の効いた肉とルッコラが合うな!」
「ジェルお前、この状況でこの時間に……良く腹が減るな?」
あきれ顔のイーサンがちらりと見た、赤々と燃える暖炉の上の置き時計は、午前3時半を指していた。
「食べられる時には食べる――それが海軍の教えだ」
にやりと、年明けから『海軍士官学校』の教官になる、ジェラルド・ウルフ大尉改め、少佐が答える。
「正論だな。どれどれ……うん、いける! ウィル、このソースはホースラディッシュか?」
つられて味見をしたイーサンが、義弟に尋ねると、
「二人共……サンドイッチの味なんて、どうでもいいでしょう! ロッティが――あなた達の大事な妹が、わたしの愛しい妻が――たった今、闘ってる最中だと言うのに!」
我慢のリミッターが外れたウィルフレッドが、手にした数枚のカードをテーブルに叩きつけ。
空いた両手で、悲愴感に満ちた顔を覆った。
彼の最愛の妻シャーロットは、2階の『奥方の間』でたった今、初めての出産に挑んでいる最中だった。
夜遅くに産気付いたシャーロットが心配で、最初は『奥方の間』のすぐ傍に用意した椅子に、陣取ったウィルフレッド。
そこに数日前から泊まり込んでいた、イーサンとジェラルドも加わったのだが、
「まだ、何時間もかかりますよ!」
「お嬢様の気が散るから、どっかよそで待っててください!」
家政婦とばあやに追い払われ、すごすごと書斎で待機している……という状況。
「ウィルフレッド様、落ち着いてください」
床にも落ちた数枚のカードを拾い、綺麗に揃えて領主の前に置いてから、正面に座った従者のミックが静かに口を開いた。
「お分かりですよね? 例え今ここで、あなたが取り乱しても騒いでも――何一つ、奥方様の助けにも励ましにもなりませんから!」
「うっ……!」
グサグサと傷心の胸に突き刺さる『正論』を受けて、無言でうなだれる領主。
「うわっ――きっつ!」
「うん、的確な状況判断だな」
こそこそと話すイーサンとジェラルドに、にこりと口角を上げて、
「失礼しました。さぁ続けましょう『ババ抜き』――いえ、『オールドメイド』を!」
ミックは自分のカードを、パラリと広げてみせた。
『ババ抜き』と基本的なルールは同じ、『オールドメイド』。
違うのはジョーカーを入れる代わりに、クイーンの札を一枚抜いておく事。
最後にクイーン1枚が残る事から、『オールドメイド』(未婚の女性)と呼ばれている。
「微妙なネーミングだよな……」
「誰が付けたんだ?」
「女性の前では気軽に、口に出せませんよね――はい、ウィルフレッド様の番です」
「くそっ――全然揃わないぞ」
ぼそぼそと、中身の無い会話をしながら、何ゲームかした後に、
「おっと、もうカラだ」
ジェラルドが、ワインの瓶を振って見せた。
「そろそろ暖かいお茶が、飲みたくなったな?」
イーサンの声に、皆が頷いて。
「では厨房に、頼んで来ます」
ミックが席を立った時、時計の針は、5時半を指していた。




