最高で特別な一日に4
「ミック、お疲れ様!」
侍女のユナが笑顔で、レモネードのグラスを、婚約者に手渡した。
「わぁっ、サンキュー! 実は喉が、からっからだったんだ」
グラスの中身をごくごく飲んでから、ほっとした顔で
「『今日が誕生日』だって、ウィルフレッド様に気付かれないように、あちこち連れ回したかいがあったよ――そっちもお疲れ! シャーロット様のケーキ作り、毎日手伝ってたんだろ?」
労いの言葉を、ミックが返すと、
「うん。それはもうね――『天国』だった!」
うっとりと、ユナがリターンした。
「は? 『大変だった』じゃなくて?」
「だってだって、一生懸命ウィルフレッド様のため、だけに! 真剣な顔で材料を計って、バターと砂糖を泡立てて、手が痛くなるまで生地をふんわり混ぜて、オーブンに張り付いて焼き上がりを見守るシャーロット様――めちゃめちゃ健気で愛らしいと思わない!? 思うでしょ? わたしの推し、最高過ぎる……!」
「うん……ソウデスネ」
早口でまくし立てる侍女の横で、従者は遠い目でグラスをあおった。
「あっ、忘れてた――これっ、『お疲れ様』のプレゼント!」
「えっ?」
ユナから手渡された紙袋をのぞくと、中にはそれぞれ薄紙で包まれた、固めの長方形クッキーが。
前世のお菓子売り場で見た事のある、
「えっと、これ……『ラスク』だっけ?」
「うん。ちょびっと生焼けだったキャロットケーキを、再利用して作ったの。ただ薄く切って、もう一度焼いただけなんだけど」
「ユナの手作り!? それは、家宝に――」
「しないで、ちゃんと食べてね?」
「わかった……すっごく嬉しい。ありがとな?」
「んっ……」
ほんわり頬を染めて、にっこり見上げた侍女の手を。
嬉しそうに目を細めて見下ろした従者が、後ろ手でこっそり握った。
「今日は今までの人生の中で、最高で特別な一日になったな」
笑顔の友人たちでいっぱいの、温室の中をぐるりと見渡してから、今日の主役ウィルフレッドが、ふいに奥方の目をのぞき込む。
「という事で――ロッティ、そろそろ白状しない?」
「『白状』って、何の事――あっ!」
「この手袋の訳ですよ、奥様?」
シャーロットがさり気なく後ろに隠そうとした、短い手袋をした右手首を、領主の左手が優しく掴んだ。
「そのステキな昼用ドレスに、この子羊の手袋は合わない。いつもなら薄手のレース編みのを付けるはず、だろ? 今日のように、来客をもてなす日は特に」
逃げ道を探すように、目を泳がせた奥方の耳元に、低い声でささやく。
「だったら、理由はひとつ――この手袋の下を、隠すため」
「ウィル……」
「何を隠しているの、ロッティ?」
「わかったわ――降参」
軽くため息を吐いてシャーロットは、右手首のボタンに左手をかけた。
「ロッティ……やっぱり!」
手袋の下から現れたのは、真っ白な包帯が甲に巻かれた、ほっそりとした右手。
「さっき、ケーキを食べさせてくれた時、少し薬草の香りがするなと思ったんだ……」
「まぁっ、あの時から気がついていたの?」
目を丸くしながら、
「ちょっとだけ、本当にちょっとだけなのよ? 手の甲を熱いケーキ型に、当ててしまって――」
慌てて説明する、シャーロット。
「何て事だ……さぞかし痛かっただろ? まだ痛むかい?
そんな怪我人にケーキを食べさせてもらって、喜んでたなんて……わたしは悪魔か!?」
最愛の奥方のケガに気が動転して、青ざめた顔で自分を責め立てるウィルフレッド。
「ウィルったら――落ち着いて! 本当に、ごく軽い火傷なの!
すぐにマイラが、氷水で冷やしてくれて。ばあや特製の薬をユナが塗ってくれたから、もう全然、痛くも何ともないのよ?」
ウィルを宥めていると、
「お嬢様……?」
「大丈夫か、ロッティ?」
心配顔で寄って来た、ユナや兄たち。
「大丈夫よ、何でもないわ」
と向き直ったシャーロットが、皆に笑顔を見せていると。
「きゃっ――!」
後ろに立つ領主がいきなり、奥方を背中から腕の中に抱き込んだ。
「確かに、大丈夫そうだ――はい皆、戻った戻った!」
義理の兄イーサンの呆れた声を、頭の片隅で聞きながら、
「ロッティ――君に何かあったら、生きていけない」
柔らかな身体に回した腕で、背後からぎゅっと、銀の髪ごと抱き締めれれば。
「心配かけて、ごめんなさい――ウィル」
優しい声で謝罪してから、
「わたくしもよ」
ぽつりと、シャーロットがささやいた。
「えっ……?」
「わたくしも、もしもあなたに何かあったら、生きていけないわ」
『だから二人で、ずっとずっと長生きしましょう?』
腕の中から、悪戯っぽい声で告げられる。
「ロッティ……!」
最高で特別な、春の日の午後。
宝物のような言葉を受け取ったウィルフレッドは、
「ありがとう」
最愛のひとの髪を飾る白薔薇に、そっと感謝のキスを返した。
『最高で特別な一日に』完結しました。
こちらもX(旧Twitter)のフォロワーさんから、『美味しいものに絡んだお話』とリクエストを頂いて考えたお話です。
誕生日パーティーなので、後半からメインキャラ総出演でお送りしてみました。
拙いお話ですが、相変わらず『ロッティが好き過ぎてポンコツになるウィル』を、楽しんで頂けたら嬉しいです。
ブックマークや評価(ページ下部の☆☆☆☆☆)も、よろしくお願いいたします。
感想もお待ちしています。
次回はそろそろ、二人のベビー誕生を予定しています。
また読んで頂けるように、頑張ります!




