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サウザンド ローズ ~転生侍女は、推しカプの尊さを語りたい~【番外編16「『時のはざま書店』にようこそ」完結☆】  作者: 壱邑なお


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最高で特別な一日に3

 ~数日前、キッチンにて~

「マイラ、大変……! バターがすっかり溶けてしまったわ!」

 領主夫人が慌てて声を上げると、

「お嬢、いえ奥様の熱い想いが伝わったんですね!」

 侍女がうっとりとつぶやいて、

「あー、これは、湯せんのし過ぎですねー」

 キッチンメイドが、達観たっかんした笑顔で答える。


「あらっ、卵を入れたら生地がぽろぽろに!」

「これは――大天使シャーロット様の奇跡ですね!」

「奇跡じゃなくて、分離ですよー」


「中が生焼けだったわ……(しょんぼり)」

「ユナはいつでも、お嬢、いえ奥様の応援に完全燃焼ですっ!」

「粉は練らないように、さっくり混ぜてみましょうかー?」


 ◇◆◇◆◇


「――という感じで、ユナに励まされマイラに助けてもらって、このケーキは完成したのよ!」

 にっこり、嬉しそうに笑うシャーロットと、

「そんなそんなっ! お嬢、いえ奥様の努力と愛の結晶です……!」

 照れて両手を振りながらも、賛辞を送るユナ。


「では……これは、ロッティが作ったのかい?」

「そうなんです、ウィルフレッド様! 材料を計る所から焼き上げるまで、全部おひとりで!」

「バレンタインの、『リベンジ』ですわ……!」

 呆然とたずねた領主に向かって、侍女と領主夫人は胸を張って答えた。


「ありがとう――今まで生きて来た中で、最高のプレゼントだ! 食べてしまうのが、もったいないな」

 青灰色せいかいしょくの瞳を輝かせた領主に、

「せっかく作ったのよ。ぜひ、温かいうちに召し上がって!」

 弾んだ声で伝えながら、トレイをユナの手に渡して。

 左手に持ったフォークで、ケーキの端を慎重に切り取るシャーロット。

 そのまま右手を添えた銀のフォークを、ウィルフレッドの口元に持って行き、小首を傾げて

「はい、あーん……」



 しばし固まった領主が、恐る恐る開いた口に差し入れられた、キャロットケーキの欠片かけら

「いかが、ですか……?」

 もぐもぐと咀嚼そしゃくする口元を心配そうに見つめながら、領主夫人は尋ねた。


「うん……美味しいよ!」

「本当に?」

「もちろん! すごくふっくら焼けてるし。フロスティングがさっぱりしてて、スパイスやナッツもちょうどいい――いつものケーキより、断然こっちの方が好きだな!」


 口の端に付いた欠片を親指でぬぐいながら、にっこり答えたウィルフレッドに、

「嬉しいっ……! シナモンを少しだけ控え目にして、ウィルがお好きなクルミを多めに。フロスティングにはレモン汁を加えてみたの!」

 頬を染めながら、報告するシャーロット。


 そんな領主夫妻に、

「ねぇ、お二人さん? そろそろ乾杯しないと、『腹ぺこ組』が我慢の限界よ!」

 ヴァイオレット先生が、笑いながら声をかけた。



「では義理の弟、ウィルフレッド・テレンス・ヘア伯爵の、24回目の誕生日を祝って――おめでとう!」

 義理の兄イーサンの声に合わせて、皆が『おめでとう!』と、フルートグラスを上げる。

「よしっ……!」

 ぐいっとシャンパンを飲み干したジェラルドが、ぐるりと向き直ったテーブルには、


 ポテトや温野菜を添えて、こんがりと焼き上げた、スパイシーなローストチキン。

 ヨーグルト風味の爽やかなソースがかかった、サーモンのムース。

 レタスやトマトの上に、刻んだゆで卵を散らせたミモザサラダ。

 洋梨を赤ワインで、コトコト煮込んたコンポート。

 それにサンドイッチやスコーン、もちろんキャロットケーキが並んでいる。


「うまいっ……! このチキン――皮がパリパリで、噛めば噛むほどスパイスの効いた肉汁が、じゅわじゅわっと――ソースも絶品だな!」

「ジェル兄様! こっちのムースも、ふんわりなめらかで美味しいわよ!

 色も淡いピンクと白いソースで、とっても可愛いし!」

「サラダも春らしくて、ステキですねぇ! ちょっと甘酸っぱいドレッシングには、マーマレードが入ってるそうですよ!」

 ジェラルドに負けじと、元悪役令嬢のアナベラとメイドのベティも、レモネードのグラスを片手に、料理長が腕を振るった料理を堪能する。



「失礼――レディ方、コンポートはいかがですか?」

 元同僚のヴァイオレット先生とソフィー先生が、楽しそうに話している所に、イーサンが両手に持ったグラスを差し出した。

「まぁっ――ありがとうございます」

 にっこりと笑ったソフィー先生の、紅茶色の瞳を見下ろして、

「いえ、洋ナシはお好きですか?」

 次代公爵が、嬉しそうに尋ねる。


 会話を弾ませる、お似合いの二人を見て、

『あらあら、どうやらお邪魔らしいわ』

 くすりと肩をすくめたヴァイオレット先生は、コンポートのグラス片手に。

 『腹ぺこ組』に合流するため、そっとその場を後にした。


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