懐中時計の妖精たち3
兎穴で懐中時計を預かってから、きっかり2週間後。
イーサン・ウルフ次代公爵は、母校のウィストン上流寄宿学校を訪問していた。
「イーサン先輩、いえ兄上! お待たせしてすみませんっ!」
クラブ活動中に連絡を受けた、バニーことバーナビー・セロウが、クリケット用の白い運動着のまま面会室まで走って来た。
「いや、急に来たのはこっちだから」
真っ白なハンカチに包んだ、借りていた懐中時計を差し出して
「大切な時計を、ありがとう」
心から、お礼の言葉を告げるイーサン。
「いえっ――あの、本当にいいんですか?」
ためらいながら受け取る、未来の義弟に。
「うん。これを見てごらん」
上着の内ポケットから、イーサンが取り出したのは、新品のシガレットケース。
蓋の留め金をパチリと開けると、薄紙に包まれた『妖精の羽根を付けた少女の細密画』を取り出した。
「えっ、すごい! こっちのソフィー姉様とそっくりですね!」
目を丸くして、返して貰ったばかりの懐中時計の絵と見比べるバニー。
「だろ? 当代随一の腕を持つ細密画家に、複写して貰ったんだ。
これを後で、わたしの時計にはめ込めば完成だ」
得意そうに、次代公爵が答えた。
「さすが兄上……あっ、お借りしていた時計、今持って来ますね!」
慌てて寮の部屋に、取りに戻ろうとする未来の義弟を
「ちょっと待て、バニー!」
未来の義兄が引き止める。
「何ですか?」
「今返したその時計、『裏蓋』を開けてごらん?」
「裏蓋――ですか?」
首を傾げながら時計をくるりとひっくり返して、今までほとんど開けた事の無かった裏側の蓋を、ぱかんと開けてみる。
前と同じく、ムーブメント(機械)を覆い隠す――亡き父の名前が刻まれた――銀色のダストカバーが見えるだけ。
「こんな所に何が……あっ!」
たった今開けた、裏蓋の内側。
そこにひっそりと、細密画がもうひとつ、はめ込まれていた。
まるで姉の絵とお揃いのような、花冠と白いドレス姿。
背中には透き通る、妖精の羽根を付けて。
サンザシにクラブアップル――真っ赤な実が実る、秋の庭を背景に微笑むのは、愛らしい黒髪の少女。
「アナベラ……!?」
じわりと熱を帯びる――頬と耳。
まだ数えるくらいしか、会っていないのに。
いつの間にかその姿を、目で追っている自分に気が付いたのは、この前のヘア伯爵邸。
家庭教師をしているソフィー姉様から、アナベラが以前は家族と上手くいってなかった事を聞いて、びっくりした。
でも、そんな素振りを全く感じない、明るさや強さがカッコ良く思えて……女の子に『カッコイイ』って変かな?
『ほらっ、この子がナツ! 可愛いでしょ?』
黒い子ウサギを抱き上げて、くしゃりと笑う笑顔。
ウサギの100倍、可愛いと思った。
自分でも知らない間に好きになっていた、2つ年下の女の子。
その姿を、そっくりそのまま写し取った絵を、じっと見つめるバニーに、イーサンが口を開いた。
「さっき話した細密画家、実は兎穴に招待してたんだ。
ほら、外出出来ないシャーロットの、気晴らしになればと思って。
その時みんなをスケッチして、後でこれを仕上げてくれた。
もちろんこの事は、アナベラ本人も知らない。二人だけの秘密だよ?」
にやりと笑って、
「どうだい、バニー? 大切な時計を貸してくれたお礼――気に入ってくれたかな?」
尋ねてくる未来の義兄に、
「最高ですっ……! ありがとう、イーサン兄上!」
未来の義弟は、キラキラと輝く黒い瞳を上げて、嬉しそうに答えた。
懐中時計に棲む、妖精たち。
蓋を開ければ、いつでも会える。
「おーい、バニー! 先に食堂行ってるぞ!」
「うんっ、すぐ行くから――!」
寮で同室の友人に返事をしてから、こっそりと時計の裏蓋を開く。
「おはよう、アナベラ……」
口の中だけで呟いて、くすぐったそうに幸せそうに、バーナビー・セロウは笑った。
『懐中時計の妖精たち』完結しました。
こちらはX(Twitter)のフォロワーさんからリクエストを頂き、作ったお話です。
せっかくなので、兎穴のメインキャラ総出演、わちゃわちゃ賑やかにしてみました。
拙いお話ですが『小さな恋の始まり』を、楽しんで頂けたら嬉しいです。
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感想もお待ちしています。
次回は久々に、シャーロットが中心のお話を予定しています。
また読んで頂けるように、頑張ります!




