【番外編13】懐中時計の妖精たち1
今回は、少し短めの全3話。
ソフィー先生の弟バニーと、元悪役令嬢アナベラの小さな恋物語。
毎日更新します。
『外堀埋め士』ことイーサン・ウルフ次代公爵と、ソフィー先生が婚約をして、2週間ほど経ったある日。
兎穴(ヘア伯爵邸)にイーサンが、小さな訪問者と一緒にやって来た。
サンザシやクラブアップル(姫リンゴ)の真っ赤な実が、たわわに実る庭園を抜け、秋バラの香りをたどって温室に向かうと
「まぁっ、イーサンお兄様……!」
侍女のユナと一緒にお茶の準備をしていた、領主夫人シャーロットが、驚いて声を上げた。
「やぁ、ロッティ――お腹の子も、元気かい?」
「えぇ、わたくしもこの子も元気よ! あらっ、そちらは?」
頬にキスを受けたシャーロットが、兄の後ろに立つ、制服姿の少年に目を止める。
銀髪の美しい領主夫人に、宝石のような紫の瞳で見つめられて。
「はっ、はじめまして! バーナビー・セロウです!」
ぽうっとなりながら少年は答えた。
「セロウ……? では、ソフィーお姉様の?」
「弟だ。愛称は『バニー』」
ぽんっと、黒い制服の肩を叩きながら、イーサンが紹介する。
「まぁっ、それじゃ――わたくしにも、弟だわ! よろしくね、バニー?」
胸の前で両手を合わせてにっこり、シャーロットは微笑んだ。
「嬉しいわ! ずっと、弟か妹が欲しかったの!」
「良かったですね、お嬢、いえ奥様……!」
侍女のユナも笑顔で、こくこく頷く。
「こっ、光栄です――レディ・シャーロット」
真っ赤な顔で答えた、バーナビーことバニーに
「そんな他人行儀な……『シャーロットお姉様』と、呼んでくださいな?」
しょんぼりとねだる、領主夫人。
「でっでは――しゃ、シャーロットお姉様?」
意を決して顔を上げ、バニーが呼びかけた。
「うふっ――なあに、バニー?」
「いえっ、あのっその、特に用は……」
ちょんと小首を傾げて、嬉しそうに答える『お姉様』の前で、あわあわしていると。
「ちょっと待った――!」
もの凄い勢いで、背の高い金髪の青年が、温室に駆け込んで来た。
「あらっ、ウィル……どうかしました?」
きょとんとするシャーロットとバニーの間に、さっと入り込み、
「はじめまして、ウィルフレッド・テレンス・ヘアです。
随分妻と……仲が良いんだね?」
鋭い眼差しで少年を、きりりと威圧する。
「あっ、はじめまして。バーナビー・セロウです」
「セロウ……?」
「ソフィー姉様の弟さん。わたくし達にも、弟になる方よ」
後ろからツンツンと、上着の袖を引きながら伝えたシャーロットの言葉に一転、ぱあっと笑顔になる領主。
「そうだったのか……よろしく、バーナビー!」
笑顔で握手をしてから、くるりと妻に向き直り、
「ロッティ……」
ウィルフレッドが優しく、両手を差し伸べた。
「立ちっぱなしは良くないよ。そろそろお腹の子も、『椅子に座りたい』って言ってるだろ?」
「これくらい大丈夫ですわ――ずいぶんと、過保護なお父様ね?」
ふっくらと膨らんだお腹に、嬉しそうに話しかけるシャーロット。
「過保護だよ、ロッティ。きみには一生……」
そっと手に取り持ち上げた白い左手に、キスを落としながら。
アッシュブルーの瞳を細めて、愛おしそうに妻を見下ろすウィルフレッド。
「ウィルったら……」
頬を染めた領主夫人がバイオレット・サファイアの瞳で、うっとりと夫を見上げた。
「はぁ~っ、少年にまでヤキモチを焼く、ウィルフレッド様……尊い!」
胸の前で両手を組み、緑がかったヘーゼルナッツの瞳をキラキラさせる侍女の横で、
「えっと……」
あわあわと黒い瞳をさまよわせる、バーナビー。
「相変わらず、熱々だな……バニー、きみにはまだ早い」
軽くため息を吐いたイーサンが、大きな右手で、未来の義弟の目を覆った。
「あっ、またここに――! ウィルフレッド様、『山積みの書類が片付くまで、奥方様はお預けです』って言いましたよね!?」
「いや、シャーロット不足でつい……」
「言い訳は、仕事が終わってからにしてください!」
息を切らせて探しに来た、従者のミックに連れられて、とぼとぼと書斎に戻って行く、ウィルフレッド。
すれ違い様ユナが、婚約者のミックにこっそり囁く。
「頑張ってね! 後で、お茶とケーキ持って行くから」
「マジで――? やった!」
嬉しそうに目を細めた従者が、グッと右手でこぶしを握った。
気の毒そうにウィルを見送っていたイーサンが、ふと辺りを見回す。
「そういえば、ソフィー達は? まだ授業中かい?」
「ソフィー姉様はアナベラ達と一緒に、ヘア村まで出かけてるわ。4時には戻る予定よ」
シャーロットの言葉を聞いて、上着の内ポケットから、懐中時計を取り出したバニー。
パチンと蓋を開いて、
「じゃあ、あと20分くらいですね?」
時間を確認してから顔を上げると、思いがけず間近に、未来の義兄の顔が。
「わっ――びっくりした!」
「ばっバニー――その絵はっ!?」
驚く未来の義弟にかまわず、蓋の裏側に収められた細密画――愛らしい金髪の少女の肖像画――を、食い入るように見つめるイーサンが、動揺を隠せない声で尋ねた。
相変わらずシャーロットが好き過ぎて、ポンコツになるウィルフレッドです☆




