人気者の従兄弟
1階の玄関ホールに立つ、グランド・ファーザー・クロックが4回、時を告げた。
待ちかねていたシャーロットと侍女は、ちょうど裏庭を見下ろせる、2階の図書室の窓をそっと開く。
カーテンの影から見下ろした先には、開けた場所に立つジェラルド。
軍服の上着を脱いだ白いシャツ姿で、何も持っていない両腕を、泰然と組んでいる。
周りを取り囲むのは、5人の若い従僕たち。
こちらはそれぞれが右手に、剣のように持った木の棒を、構えていた。
腕を組んだままのジェラルドが、
「いつでもいいぞ?」
にやりと、口角を上げた直後
「うぉーーーっ!」
叫び声と一緒に、正面から勢いよく、棒が振り下ろされた。
身軽によけながら、相手の手首を手刀で打ち、ぽろりと落とした棒をキャッチ。
「「いっくぞーーっ‼」」
今度は左右から、一度に襲って来た棒を、かんかんっと、はじき飛ばす。
「「うぉりゃーーっ‼」」
間髪入れず、後方から二人が、襲いかかる。
すばやく身を屈めてよければ、勢い余って、ふらつく襲撃者たち。
地面に付いた両手を軸に、ダンスでも踊るかのように勢いよく蹴り回した、ジェラルドのかかとが、敵をまとめて蹴り飛ばした。
「いってーーっ!」
「降参!降参ですーっ‼」
あっけなく陥落し、次々と白旗を上げる従僕たち。
ぱんぱんと手の泥を払いながら、立ちあがった勝者に
「すっげーーっ!」
「さすが、ジェルさん!」
「海軍大尉、かっけー‼」
次々と、称賛の声が上がる。
後ろからのぞくメイド達の、黄色い声援も受けて、ジェラルドは照れたように、片手を上げた。
「はわ~……さすがジェラルド様! お強いですねー!!」
「当たり前でしょ、わたくしの『師匠』ですもの」
得意げなシャーロットに、くすりとユナが頷く。
「『人気者』って、こういう事だったんですね? 使用人の休憩時間を選んで、剣を教えてあげるなんて――本当に、お優しいです!」
倒した従僕たちに今度は、身振りをまじえて、アドバイスをしている。
「結婚式が伸びて、ヒマを持て余してるんじゃ? と心配だったけど……安心したわ」
ほっとしたように、シャーロットは微笑んだ。
「たまっていた休暇を、『妹の結婚式だから』と、まとめて取ってくださたのよ」
本当なら明後日が、結婚式のはずだったのに。
こちらに着いてから、もう5日。
「そういえば、泥だらけになった『婚礼衣装』の方は、どうなったんでしょう?」
「さぁ? ミセス・ジョーンズからは、まだ何も……」
「シャーロット様……」
少し寂しそうに、うつむいたシャーロットは、窓の下でわいわいと、レモネードで乾杯し始めた男たちに、目を移した。
レモネードの入ったピッチャーやグラスを、笑顔で、キッチンから運んで来るメイド達。
その中の、すらりと背の高い、赤髪のメイドが、ふと図書室を見上げた。
「あっ――エマさん!」
嬉しそうにユナが、カーテンの影から、小さく手を振る。
「エマ……あぁ! ばあやが言っていた、荷解きを手伝ってくれた?」
「そうです! あの後お礼を言いに行って、それから食事の時や寝る前に、話す様になって……色々こちらの事を、教えてもらってます」
「そう……お友達が出来たの」
シャーロットが中庭の少女に、にこりと頷くと、エマはあわててお辞儀を返し、去り際にちらりと、ユナに笑顔を見せた。
「ユナが、うらやましい……」
「えっ――『わたし』が、ですか!?」
驚いた侍女が、目を見張って、主を見上げる。
「おじい様は、私が産まれてすぐに、亡くなられたけど。『兎穴は、おじい様の仇』って、小さい頃からばあや達に聞かされて、すっかりそれを信じていたの」
なのに、ウィルフレッド様と、婚約が決まって
「『兎穴の領主たちは、深くて暗―い穴の中に、住んでいるんですよ』って聞いていたから、『そんな所にお嫁に行くなんて――穴の中で暮らすなんて、絶対イヤ!』……って、毎日こっそり、泣いていた」
「お嬢様……」
痛まし気な顔の侍女に、にこりと笑顔を見せて
「だから、強くなろうと思ったの。自分自身と、大切な人たちを、守れるように」
「それで、ジェラルド様から稽古を?」
「そう。初歩の護身術だけど。
『もしも誰かに攻撃されても、5分間、持ちこたえればいいから』って」
「5分だけ、ですか?」
「『5分以内に、必ず俺が助けに行く』……ですって」
「かっっこいぃぃーーっ!!」
合わせた両手に鼻先をうずめ、身悶えるユナに
「でしょ?」
うふふと得意げに、シャーロットは答えた。




