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サウザンド ローズ ~転生侍女は、推しカプの尊さを語りたい~【番外編16「『時のはざま書店』にようこそ」完結☆】  作者: 壱邑なお


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わたしの太陽2

 10月の第3週、首都ストランドに建つ、ギボン子爵家のタウンハウス(別邸)に到着した一行。

 翌日の昼食後、アナベラにベティ、ソフィー先生の3人は、子爵家の馬車で『バラ園』に。


 以前は離宮の一画だった庭園が、今は『王立バラ園』として、一般に解放されている。

 赤に白、ピンクに黄色、オレンジ色。

 大輪のバラ、小ぶりで愛らしいバラ、ふっくらとした八重咲につるバラまで。

 種々様々なバラ、バラ、バラ……で、園内は溢れていた。



「アナベラ! こっちだよ!」

 入口で馬車が停まると、背の高い銀髪の青年が駆け寄って、優雅に手を差し出す。

「ありがとう、イーサンお兄様!」

「ありがとうございます!」

 ぴょんっと元気よく、アナベラとベティが飛び降りた後で

「どうぞ、ソフィー先生」

 優しい声と共に、差し出された掌。

「あっ、ありがとうございます……」

 右手をそっと重ねて、馬車から降り立った姿を見て、次代ウルフ公爵が息を呑んだ。


 白いドレスに、白い上着。

 金色の縁取りをポイントに。

 ビロードの黒いリボンと、羽根のようなレースを付けた飾り襟を重ねて。

 いつもは家庭教師らしく、きちんとまとめている金髪を、小さな白い帽子の下から、ふわりと背中に垂らしている。

 華やかさと清楚な美しさを、兼ね備えたその姿。


 まるで、

「天使、いや『妖精の姫君』だ……」

 うっとりと――濃いグレーの上下と銀刺繍の入ったベストに黒いネクタイ姿の――イーサン・ウルフはつぶやく。


「えっ、何かおっしゃいました?」

きょとんと、顔を上げた先生に、

「いえ、ただ『今日の装いがとっても素敵です』と。白い上着が、良くお似合いですね?」

にっこり笑顔で伝える、次代公爵。

『やっぱり白にして、正解だったわ! ありがとう、マダム!』

心の中でソフィー先生は、ドレスメーカーのマダムに、感謝の祈りを捧げた。


 家族連れから恋人達まで、大勢の人々がそれぞれに、バラを楽しんでいる園内。

 3人を人混みから守りながら、

「あそこにあるのが、品評会のバラだよ」

 広場に張られた天幕の中、一段高いテーブルに並べられた5個の鉢植えを、イーサンが指し示した。


「まぁっ……!」

 まるで吸い寄せられるように、テーブルに近づいた先生が、

 どんっ――目の前を横切ろうとした、大柄な紳士とぶつかった。

「きゃっ!」

 よろけた肩を大きな手が掴み、すばやく引き寄せられる。

「大丈夫ですかっ――!?」

 至近距離から、黒い瞳に見下ろされて。

 イーサンの腕の中にしっかりと、抱き留められている事に、ソフィー先生は気が付いた。


「だっ、大丈夫ですっ!」

 慌ててぱっと身体を離すと、

「これは失礼しました! お嬢さん、お怪我はないですか? おや、イーサン!」

 ぶつかった年配の紳士が、謝罪の後に目を見開く。


「はいっ――わたくしこそ前をよく見ないで、大変失礼致しました!」

 ぽっと熱を帯びた顔の先生が、慌てて頭を下げる。

 その後ろで、同じく赤く染まった頬を、さり気なく片手で隠したイーサンが

「先日ぶりですね、サー。

 先生、こちらは品評会の後援をされている、バーリー子爵です」

 笑いジワの寄ったグリーンの瞳が、優しそうな紳士を紹介した。


「はじめまして、ソフィー・セロウと申します」

 軽く膝を折って、先生が挨拶をすると

「これはご丁寧に、エドワード・バーリーです。

 今回はイーサンにも、色々と手伝ってもらって……んっ? 『ソフィー』?」

 いきなり首を傾げた子爵が、次の瞬間

「なるほど、なるほど! そういう事か――これはイーサンに、してやられたな!」

 爆笑しながら、次代公爵の肩を、ばしばしと叩いていた。



「イーサン様? 先程のはいったい……」

 バーリー子爵と別れてから、ソフィー先生が首を傾げながら、問いかけようした言葉を、

「あっ、先生――! こちらが見たがっていた、『オールドローズにシュラブ系を掛け合わせた新種』ですよ!」

 慌てて中央の鉢植えを手で指したイーサンが、大声でかき消す。


「わあっ、可愛いピンク色!」

「とってもキレイですね!」

 思わず歓声を上げるアナベラとベティ。

 その横で。


「本当に綺麗なコーラルピンク……花びらの形も重なりも、とっても美しいわ。

 それに、フルーティな良い香り……」

 先ほどの騒ぎをすっかり忘れて、ゆるくウェーブの付いた金髪を耳にかけながら、うっとりと新種のバラに顔を寄せる、ソフィー先生。

「うん――とっても綺麗だ」

 その横顔に見惚れながらイーサン・ウルフも、感想に忍ばせた称賛の言葉を、こっそり伝えた。



 5個の新種の中から、一番気に入ったバラの番号を書いて投票する、一般投票を済ませて。

 園内のカフェでお茶をする事に。

 イーサンが予約していたオープンテラス席に案内され、バラの話で盛り上がっていると、紅茶とスコーンのセットが運ばれて来た。


「わあっ――このスコーン用のジャム、すっごく美味しい!」

「香りもいいですね! 何のジャムでしょう!?」

 クロテッドクリームとジャムをたっぷり乗せた、ほかほかさっくりのスコーンを頬張って、歓声を上げるアナベラとベティ。


「何のジャムか分かりますか、ソフィー先生?」

 悪戯っぽい顔で、イーサンが尋ねる。

 小さなスプーンですくった、綺麗なルビー色のジャムを口に入れ、目を閉じて味わってから、

「これは、おそらく――『バラのジャム』ね?」

 にっこりと、先生が答えた。


「正解です! どうして分かったんですか?」

 驚いて尋ねるイーサンに、

「香りと、それから」

「それから?」

「イーサン様が『悪戯っ子』みたいな、顔をなさってたから」

 ソフィー先生が、くすりと笑った。


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