わたしの太陽2
10月の第3週、首都ストランドに建つ、ギボン子爵家のタウンハウス(別邸)に到着した一行。
翌日の昼食後、アナベラにベティ、ソフィー先生の3人は、子爵家の馬車で『バラ園』に。
以前は離宮の一画だった庭園が、今は『王立バラ園』として、一般に解放されている。
赤に白、ピンクに黄色、オレンジ色。
大輪のバラ、小ぶりで愛らしいバラ、ふっくらとした八重咲につるバラまで。
種々様々なバラ、バラ、バラ……で、園内は溢れていた。
「アナベラ! こっちだよ!」
入口で馬車が停まると、背の高い銀髪の青年が駆け寄って、優雅に手を差し出す。
「ありがとう、イーサンお兄様!」
「ありがとうございます!」
ぴょんっと元気よく、アナベラとベティが飛び降りた後で
「どうぞ、ソフィー先生」
優しい声と共に、差し出された掌。
「あっ、ありがとうございます……」
右手をそっと重ねて、馬車から降り立った姿を見て、次代ウルフ公爵が息を呑んだ。
白いドレスに、白い上着。
金色の縁取りをポイントに。
ビロードの黒いリボンと、羽根のようなレースを付けた飾り襟を重ねて。
いつもは家庭教師らしく、きちんとまとめている金髪を、小さな白い帽子の下から、ふわりと背中に垂らしている。
華やかさと清楚な美しさを、兼ね備えたその姿。
まるで、
「天使、いや『妖精の姫君』だ……」
うっとりと――濃いグレーの上下と銀刺繍の入ったベストに黒いネクタイ姿の――イーサン・ウルフは呟く。
「えっ、何かおっしゃいました?」
きょとんと、顔を上げた先生に、
「いえ、ただ『今日の装いがとっても素敵です』と。白い上着が、良くお似合いですね?」
にっこり笑顔で伝える、次代公爵。
『やっぱり白にして、正解だったわ! ありがとう、マダム!』
心の中でソフィー先生は、ドレスメーカーのマダムに、感謝の祈りを捧げた。
家族連れから恋人達まで、大勢の人々がそれぞれに、バラを楽しんでいる園内。
3人を人混みから守りながら、
「あそこにあるのが、品評会のバラだよ」
広場に張られた天幕の中、一段高いテーブルに並べられた5個の鉢植えを、イーサンが指し示した。
「まぁっ……!」
まるで吸い寄せられるように、テーブルに近づいた先生が、
どんっ――目の前を横切ろうとした、大柄な紳士とぶつかった。
「きゃっ!」
よろけた肩を大きな手が掴み、すばやく引き寄せられる。
「大丈夫ですかっ――!?」
至近距離から、黒い瞳に見下ろされて。
イーサンの腕の中にしっかりと、抱き留められている事に、ソフィー先生は気が付いた。
「だっ、大丈夫ですっ!」
慌ててぱっと身体を離すと、
「これは失礼しました! お嬢さん、お怪我はないですか? おや、イーサン!」
ぶつかった年配の紳士が、謝罪の後に目を見開く。
「はいっ――わたくしこそ前をよく見ないで、大変失礼致しました!」
ぽっと熱を帯びた顔の先生が、慌てて頭を下げる。
その後ろで、同じく赤く染まった頬を、さり気なく片手で隠したイーサンが
「先日ぶりですね、サー。
先生、こちらは品評会の後援をされている、バーリー子爵です」
笑いジワの寄ったグリーンの瞳が、優しそうな紳士を紹介した。
「はじめまして、ソフィー・セロウと申します」
軽く膝を折って、先生が挨拶をすると
「これはご丁寧に、エドワード・バーリーです。
今回はイーサンにも、色々と手伝ってもらって……んっ? 『ソフィー』?」
いきなり首を傾げた子爵が、次の瞬間
「なるほど、なるほど! そういう事か――これはイーサンに、してやられたな!」
爆笑しながら、次代公爵の肩を、ばしばしと叩いていた。
「イーサン様? 先程のはいったい……」
バーリー子爵と別れてから、ソフィー先生が首を傾げながら、問いかけようした言葉を、
「あっ、先生――! こちらが見たがっていた、『オールドローズにシュラブ系を掛け合わせた新種』ですよ!」
慌てて中央の鉢植えを手で指したイーサンが、大声でかき消す。
「わあっ、可愛いピンク色!」
「とってもキレイですね!」
思わず歓声を上げるアナベラとベティ。
その横で。
「本当に綺麗なコーラルピンク……花びらの形も重なりも、とっても美しいわ。
それに、フルーティな良い香り……」
先ほどの騒ぎをすっかり忘れて、ゆるくウェーブの付いた金髪を耳にかけながら、うっとりと新種のバラに顔を寄せる、ソフィー先生。
「うん――とっても綺麗だ」
その横顔に見惚れながらイーサン・ウルフも、感想に忍ばせた称賛の言葉を、こっそり伝えた。
5個の新種の中から、一番気に入ったバラの番号を書いて投票する、一般投票を済ませて。
園内のカフェでお茶をする事に。
イーサンが予約していたオープンテラス席に案内され、バラの話で盛り上がっていると、紅茶とスコーンのセットが運ばれて来た。
「わあっ――このスコーン用のジャム、すっごく美味しい!」
「香りもいいですね! 何のジャムでしょう!?」
クロテッドクリームとジャムをたっぷり乗せた、ほかほかさっくりのスコーンを頬張って、歓声を上げるアナベラとベティ。
「何のジャムか分かりますか、ソフィー先生?」
悪戯っぽい顔で、イーサンが尋ねる。
小さなスプーンですくった、綺麗なルビー色のジャムを口に入れ、目を閉じて味わってから、
「これは、おそらく――『バラのジャム』ね?」
にっこりと、先生が答えた。
「正解です! どうして分かったんですか?」
驚いて尋ねるイーサンに、
「香りと、それから」
「それから?」
「イーサン様が『悪戯っ子』みたいな、顔をなさってたから」
ソフィー先生が、くすりと笑った。




