【番外編12】わたしの太陽1
今回は、少し長めの全5話。
『外堀埋め士』イーサンとソフィー先生の、番外編10の続きのお話になります。
毎日更新します。
ウルフ公爵邸のお茶会からしばらくが経ち、秋の風が吹き始めた9月の終わり。
兎穴(ヘア伯爵邸)に滞在中のソフィー先生一行を、訪ねて来たイーサンが、
「再来週ストランドのバラ園で、『新種のバラの品評会』があるんですよ。
ご都合が合えばアナベラ達と、ご一緒にいかがですか?」
ピンクのバラのイラストが美しく印刷された、パンフレットを手渡しながら、さり気なくデートに誘った。
「まぁっ『新種のバラ』の……!? それはぜひ、拝見したいですわ!」
紅茶色の瞳をキラキラ輝かせる、ソフィー・セロウ先生。
「わたしも行きたいっ! お父様にお願いしてみるわ!」
「この前の『トラベルガーデン』も夢のようでしたけど。首都のバラ園もステキでしょうね!」
アナベラとメイドのベティも、声を弾ませる。
「みんなで行けたら楽しいわ、きっと。
あらっ、『オールドローズにシュラブ系を掛け合わせた新種』ですって!
どんな形かしら……早く確認したいわ!」
パンフレットの解説を読んでうっとりと、『まだ見ぬバラ』に思いを馳せる先生。
「うん……二人きりなら、もっと嬉しいけど」
そんな先生をうっとりと見つめながら、イーサン・ウルフ次代公爵は、小声でぽろりと本音をこぼした。
例え婚約をしていても、結婚前の二人だけのデートには、眉をひそめる人も多いこの時代。
しかもイーサンの立場は『婚約者』ではなく、まだ『求婚者』。
お茶会の時、プロポーズはした。
「わたしは今、あなたを見ておりました」
なんて愛らしく、頬を染めた笑顔で言われて……今だ! 今なら、『イエス』を貰える!と、100%確信して。
なのに、
「ごめんなさい――すぐには、お返事出来ません。もう少し、待っていただけますか?」
申し訳なさそうに、困り眉で告げて来たソフィー先生。
ふらっと、ショックでよろめきそうになるのを、グッとこらえて。
「分かりました。ゆっくり考えてください」
にっこり爽やかに、次代公爵は笑ってみせた。
あーっ、何かっこつけてんだ俺!
『イヤです! 今すぐ返事をください! もちろん、「イエス」以外は受け付けませんよ!』って、泣き落としすれば――いやいや、そんなカッコ悪い姿、未来の奥方に見せられるか!
『ソフィー・ウルフ公爵夫人』。
合うーっ……!!(握りこぶし)
きっと産まれた時から、俺と結ばれる運命だったんだな、きっと!
まぁ彼女が、『婚約をためらう理由』も、いくつか予想は付くけど。
さぁて、どこから――外堀を埋めて行くかな?
爽やかな笑顔のその裏で、『外堀埋め士』は脳内を、高速フル稼働させていた。
「先生! お父様から『皆でおいで』って、お返事が来たわ!」
ストランドに滞在中のギボン子爵から、無事に許可が下りて。
「例の『ステキな紳士』とお姉様が婚約したから、お母様たち二人は、結婚式の準備に夢中なの!
『ストランド行き? ちょうど良かった! ゆっくり行ってらっしゃい』って、ご機嫌だったわ」
子爵夫人からも、快くOKを貰い。
次の問題は、
「何を着て行ったら、いいのかしら?」
いつの時代も『デートコーデ』は、女性にとっては大問題!
イーサンからプレゼントされた、白いドレスは半袖。
「出来ればこれを、着て行きたいけど――もう10月に入るし。さすがに季節外れよね?」
「うーん、ちょっと寒そうかも?」
「上からショールを、羽織るとか?」
アナベラとベティも、レディの服飾事情には詳しくない。
結局また、兎穴の領主夫人シャーロットと侍女のユナに、相談に乗ってもらうことに。
「でしたら……白いドレスに合わせて、上着を誂えたらいかがかしら?」
「さすがです、お嬢――いえ奥様! ドレスより少し厚手の生地で仕立てたら、長く着回しが出来ますね!」
あっという間に、ウルフ家御用達のドレスメーカーが呼ばれ、
「かしこまりました。生地はネルかポプリン。丈は短め。この秋流行のゆったりしたお袖を、肘と手首で引き締めて――お色は白がよろしいかと!」
てきぱきとデザインを決めたベテラン店主が、次々と取り出した白い布地。
「あのっ、白は汚れが目立つので……黒か濃い茶色で!」
慌てて告げた、ソフィー先生の希望に、
「そうですね、黒も濃い茶色もステキですけど。白いドレスの上では、浮いて見えてしまいますわ……ほら、この様に」
トルソーに着せた白いドレスの上から、マダムは暗い色の布地を当ててみせる。
「確かに、上着ばかり目立ってしまうわね?」
「白の方が、しっくり来そうです!」
シャーロットとユナも、うんうんと賛同して。
「ではやはり、白で参りましょう! 何より、お嬢様に良くお似合いですし!
大丈夫です、もし汚れても――ネルもポプリンも、ざぶざぶ洗える素材ですから!」
『色は出来れば、彼女に一番似合う白で!』とあらかじめイーサンから、伝言を受けとっていたマダムはにっこり、白い布地を先生の肩に広げた。
「確かに素敵だわ! でも本当に、大丈夫かしら……?」
わくわくしながらもまだ少し、心配顔のソフィー先生に
「大丈夫です、先生! おばあちゃん特製の『染み抜き石鹸』を、後でベティさんに渡しておきますから!」
侍女のユナが両手をグーに握って、こっそりと伝えた。
※イーサンの一人称は『わたし』ですが、心の中では『俺』になります。




