領主のヤキモチ
広間から温室へと移り、いつの間にか日課となった、ガゼボでの昼食の後で
「今日も午後から仕事で、出かけないとなんだ。ずっと放っておいて、ごめん――シャーロット」
申し訳なさそうなウィルフレッドに、頭を下げられた。
領主の仕事は、『領地経営』……と、一言では言いきれないほど、忙しい。
代理人(土地管理人)と相談しながら、領民の生活を豊かにする為の、施策をねり、領地を見回り、事件やもめ事が起きた際の、裁判にも関わる。
近隣の貴族との社交さえ、人脈を作る、大切な仕事。
「わたくしの事は、お気になさらず」
シャーロットは、にっこり答える。
領主の忙しさは、父を見て、知っているから。
「今日はジェル――いえジェラルド兄様と、遠乗りにでも、行って来ますから」
「ジェラルドと……?」
ぴくりと、眉を寄せた領主は
「遠乗りって、どこまで?」
真剣な顔で、尋ねた。
「裏の丘の方に、行ってみようかと」
「そうか……村の方には、行かないように! その、道が悪いから」
少し強い口調で、注意してから
「あの従兄弟殿と、仲がいいんだね?」
「はい! 5歳の頃から、一緒に育ちましたから」
「5歳」
右手をあごに添えたウィルフレッドが、ゆっくり尋ねる。
「わたし達が初めて会った、あの時……シャーロットは、いくつだった?」
「あの時は……」
緩やかに曲げた、左手の人差し指を、口元に当てた公爵令嬢は
「9歳、いえ8歳だったかと……ウィルフレッド様? どうなさいました!?」
答えを聞いて、がくりと頭を下げた婚約者に、驚いて声を上げる。
「……負けた」
「はい?」
「わたしも、あと3年早く――会いたかった!」
「まぁっ……!」
駄々(だだ)をこねる、子供のような答えに、思わず笑みがこぼれる。
「くふっ……」
後ろに控えた侍女からも、笑いを押し殺したような、声がもれた。
「ジェラルドは、『兄様』です」
「本当に……?」
「はい」
「あんなに男らしくて、かっこいいのに?」
「はいっ!」
公爵令嬢は、はっきり頷いた。
「そっかぁ――良かった」
何度もうんうんと頷く婚約者の姿に、くすくすと、笑いが止まらなくなり
「……シャーロット、笑いすぎ」
「ごめんなさい――あっ」
すねた声で咎められた後、左手がすくい取られ、キスを落とされた。
人差し指の第二関節――先程自分の唇が触れたのと、同じ場所――に。
息を呑んで、ぱっと、領主の顔を見下ろせば
「おしおき」
上目使いで、ウィンクを返されて、たちまち頬が熱くなる。
「『ごめんなさい』って、言ったのに!」
子供みたいな口調で訴える、シャーロットの抗議に
「そうだったね――ごめん、ごめん!」
ウィルフレッドは耐えきれずに、笑いだした。
「あんまり従兄弟殿と、仲良さそうだったから――つい。
この前、吞みながら話したけど、裏表のない、いい人だよね。ここでももう、人気者だし」
「人気者……?」
こちらに来て、まだ数日なのに?
首を傾げて、侍女と顔を見合わせたシャーロットに
「午後の4時になったら、裏庭を覗いてごらん?」
婚約者はわざと、秘密めいた小声で、ささやいた。




