女神の前髪3
「せんせーっ……! お花の調査は終わった!?」
「えぇ、終わったわ! あなた方を放っておいて、ごめんなさいね」
アナベラ達が西の森から戻って来た時、ソフィー先生もちょうど、最後の花房を数え終えた。
「全然へーき! あのね、大きな鹿がいたの! それにリスも――とっても可愛い目してたわ!」
「大丈夫です! 今日の目的は、先生の『ライラック調査』ですから」
力強く頷いた、元悪役令嬢とメイド。
「あの――こちらを。本当にありがとうございました」
腰から外した黒い上着を、小さな葉っぱを払ったりシワを伸ばしたり、出来るだけ綺麗にしてから、そっと先生が差し出す。
上着の上には、庭師に切ってもらった、淡いピンク色の薔薇のつぼみが一輪。
「お役に立てて良かった……じゃあ、そろそろお茶にしましょうか?」
返された上着をさっと羽織り、薔薇のつぼみを大切そうに、襟のフラワーホールに挿してから。
次代ウルフ公爵が、にこやかに声をかけた。
噴水の奥にある四阿に用意された、スコーンにサンドイッチ、イチゴやベリーを使った数種類のケーキやタルト。
「わあっ……どれも美味しそう!」
「好きな物を、好きなだけ取っていいよ、アナベラ」
「飲み物も、ステキですね!」
「ほんとね、ベティ。見た目から涼しそうだわ」
大きなガラスのピッチャーに用意された、薄切りのオレンジがたくさん入ったアイスティー。
軽々と持ち上げたイーサンが、4個のフルートグラスに注ぐ。
「どうぞ、ソフィー先生」
グラスを差し出され、
「ありがとうございます」
こくりと一口飲めば、爽やかな味と香りが、口の中いっぱいに広がった。
「いかがですか?」
「とっても美味しいです! オレンジ入りなんて、初めて頂きました」
「これは、ウルフ家の特製ですから!」
得意げなイーサンの声に
「た、ま、た、ま、レモンが無かった時、代わりに入れてみたら、大成功だったのよねー!?」
楽しそうな、女性の声が重なる。
「えっ……?」
一同が振り向いた先には――ゆるく一つにまとめた銀髪に、金糸の刺繍で縁取られたオーキッド(蘭の花)色のドレスを纏い。
紫の瞳で、優雅に微笑む、妙齢の女性が立っていた。
『シャーロット様にそっくり……イーサン様のお姉様かしら!?』
慌てて立ち上がったソフィー先生が、左足を斜め後ろに引き、右膝を軽く曲げ、ドレスを両手で押さえて、優雅に挨拶をする。
「はじめまして、ソフィー・セロウと申します。アナベラ・ギボン子爵令嬢の、付添で参りました。本日はお招き頂きまして、ありがとうございます」
「まぁっ――綺麗な発音とカーテシーですこと」
「恐れ入ります」
褒められて、ほっとした所に
「『家庭教師』風情が。一体どこの路地裏で、覚えたのかしら?」
鋭い棘を隠した薔薇のように、辛辣な言葉が飛んで来た。
「なっ……! なんて失礼な事をっ!?」
ガタンッと立ち上がったイーサンが、怒りに震えた声で、女性に詰め寄る。
「彼女に――ソフィー先生に謝ってください! 今すぐ!」
「……イーサン様、お待ちください」
いきり立つ次代公爵を、落ち着いた声で止めた先生が、すっと前に出る。
ウエストの前できゅっと両手を重ね、すうっと息を整えてから
「確かにわたくしは、家庭教師をしておりますが、亡き父はセロウ卿。礼儀作法は、幼い頃から身に付いたものです。
決して、『付け焼き刃』ではございません!」
きりりと言い放ち、紫の瞳をまっすぐに見つめる。
しばし紅茶色の瞳と、見つめ合った後、
「ブラボーッ……!」
にんまり、瞳を細めた女性が、満足気に両手を叩いた。
「見た目通りに砂糖細工みたいな、か弱いお嬢さんかと思ったら――中身はみっちり詰まった、スコーンみたいな方なのね! 気に入ったわ!」
「あの……?」
戸惑う先生の手を、両手できゅっと握って
「あなたを試す様な、失礼な事を言って、本当にごめんなさいね。それで……結婚式は、いつ頃がいいかしら?」
うきうきと尋ねて来る、謎の女性。
「『結婚式』、ですか……?」
一体誰の?と、ソフィー先生が首を傾げたとき
はーっと、右手で額を押さえたイーサンが
「先走り過ぎですよ……母上」
深いため息と共に、女性に告げた。
「母上……!?」
「えっ、イーサン様のお母様ですか!?」
「そんなに若くて、シャーロットお姉様そっくりなのに!?」
驚く先生とメイド、そして、あんぐりと口を開けた元悪役令嬢。
「まぁっ――娘とそっくりなんて、最高の誉め言葉よ! 嬉しいわ、アナベラちゃん?」
シャーロットと、まるで双子の様な美しい顔で、にっこり微笑み。
ユージェニー・ウルフ現公爵夫人は、ばちーん!と、片目をつぶって見せた。




