【番外編10】女神の前髪1
今回も全4話。
前番外編『パッピー・ライラック』の続きです。
外堀埋め士(本命には外堀から埋めるタイプ)のイーサンと、植物オタクのソフィー先生の恋を、ゆっくりお楽しみください。
毎日更新します。
「う~ん……やっぱり、『これ』かしら?」
ギボン子爵家の屋敷内、自分用に与えられた部屋で、ソフィー先生は首を傾げた。
古びたベッドと書き物机、暖炉や洗面台、小さな本棚なども揃った、使用人部屋よりは上等な、でも客用寝室には劣る。
『家族ではなく、召使いでもない』と言われる、『家庭教師』には似合いの一室。
ベッドの上に広げてあるのは、衣装ダンスから取り出した、数枚の夏用ドレス。
その内の3着は、授業用兼普段着。家庭教師らしい、落ち着いた色合いとデザインの物。
他にもシンプルなブラウスやスカートが、数着ある。
1着は、ちょっとした正装用。襟の詰まった、袖は肘より先まである、濃い茶色のドレス。
最後の1着は、先日ストランドに行った際にも着用した、白のドレス。
「本当はこの、白いドレスを、着て行きたいけど……」
『そのドレス、とても良くお似合いですね』
植物園でたまたま会った時に、褒めてくださった紳士。
その方、イーサン・ウルフ次代公爵の招待で、明後日ウルフ公爵家を訪問する事に。
そのためのドレスを、乏しいワードローブから選んでいたのだ。
「それにしても――まさかイーサン様が2年前の面接で、助けてくださった方だったなんて」
背の高い銀髪の、笑うと悪戯っ子の顔になる――次代公爵の事を、トラベルガーデンで出会った日から、ふとした瞬間に思い出してしまう。
ほわんと、何故か熱くなった頬を、ぺちんと両手で押さえて
「イーサン様の事より、今は『貴重なライラック』! 他の木と何が違うのかしら――肥料? 日当たり? それとも……何としても、理由を判明させたいわ!」
『植物学が何より大好き』な、自分に言い聞かせる。
「公爵家に伺う場合、やっぱり綿ボイルは失礼よね?」
白いドレスを淡い気持ちごと、ベッドに放って。
「生地もデザインも暑苦しいけど、これしかないわ」
代わりに手に取ったのは、ダークブラウンのシルクのドレス。
「『未婚のレディが、夏のお茶会に招待された場合、白のドレスを着用すべし』って、礼儀作法の本にも書いてあるけど。
白いドレスは染みになりやすいし、何着も作る余裕はないし……仕方なく、この色にしたのよね」
汚れが目立たない、地味なドレスを鏡の前で当てながら、ソフィー・セロウはため息を吐いた。
ストランドから戻ってすぐに、約束通りウルフ公爵家から届いた、お茶会の招待状。
翌週の火曜日、一旦兎穴(ヘア伯爵邸)に向かった、アナベラとメイドのベティ、そしてソフィー先生一行。
ギボン子爵邸から公爵家までは、馬車でも1日掛かりなので、『兎穴で1泊して、翌朝こちらに来る様』イーサンからの指示だった。
「まぁっ――良く来てくださったわ!」
もちろん兎穴では、領主夫人のシャーロットをはじめ、皆が大歓迎。
「シャーロットお姉様、赤ちゃんは大きくなった?」
アナベラがわくわく尋ねると、妊娠初期の夫人は、ほんわりと頬を染めて
「えぇ、少し。生まれるのは、まだ先だけど」
にっこり答えた。
「えっ、そーなの!? 早く一緒に遊びたいのに……」
「アナベラ様、ナツ達におやつを上げに行きませんか?」
残念そうな顔の元悪役令嬢が、ベティに誘われて
「行くーっ!」
ぴょんっと子ウサギみたいに、裏庭の兎小屋に駆け出す。
その後を追おうとした家庭教師を、
「ソフィー先生、ちょっとよろしいですか?」
領主夫人が、そっと呼び止めた。
「えっ……これをわたしに、ですか?」
きょとんと尋ねるソフィー先生の前にあるのは、『奥方の間』に用意されていた、1着のドレス。
レースと金刺繍で飾られた襟元、短いパフスリーブの袖口にはフリル、ふんわり広がる、軽やかなスカート――色はオフホワイトのシルク。
「『赤ちゃんが出来た』と分かった途端、ばあやとウィルが競う様に『ウエストを締め付けないドレス』を、山の様に注文してしまって……同じようなドレスが、10着以上あるの」
頬に片手を当てて、半分困った半分嬉しそうな顔で、シャーロットが説明する。
「今はそんなに外出も出来ないし――こちらを先生に、着て頂けたら嬉しいわ」
「ソフィー先生に似合いそうなデザインを、皆で選んだんですよ!
ドレスとお揃いの、ペプラム付きの飾り帯で、ウエスト調整も出来ますし!」
侍女のユナからも、熱心に勧められて。
「ありがとうございます。本当にお借りしても?
実は――少しだけ困っていたんです。お茶会には不向きな、このドレスしか持っていなくて」
ダークブラウンのスカート部分をつまんで、恥ずかしそうに現状を伝えると
「まぁ、でしたらぜひ! サイズは合うと思いますけど、試着してみてくださいな」
「ですね! 微調整が必要かもですし」
領主夫人と侍女が笑顔で、いつか夢に見たようなドレスを、ふんわりと差し出した。




